平成22年10月7日(木)  目次へ  前回に戻る

むかしむかし、おおむかし。

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堯が天下を治めていたとき、伯成子高は諸侯として一国を支配していた。

堯は舜に天下を譲った。

舜は禹に天下を譲った。

すると、伯成子高は諸侯であることを辞して、農民になった。

禹は、その後、子高に会いにやってきた。

子高はその時、

耕在野。禹趨就下風、立而問焉。

野にありて耕す。禹は趨(はし)りて下風に就き、立ちて問う。

郊外の畑で耕作に従事していた。禹は小走りにちょこちょこと移動して、子高の耕している場より低いところに立ち、質問したのだった。

「野」は都市国家の城壁の外である「郊」のさらに外をいう。・・・ので、ちょうど「郊外」という言葉がぴったり当たります。(ただし、ゲンダイ日本語の「郊外」の含意は古代チュウゴクでいう「郊」に近いであろう。)

「風」はここでは「方」と通じ、「下風に就く」とは「下方に位置する」の意。

質問して曰く、

昔堯治天下、吾子立為諸侯。堯授舜、舜授予、而吾子辞為諸侯而耕。敢問其故何也。

むかし、堯の天下を治むるに、吾が子(し)立ちて諸侯たり。堯は舜に授け、舜は予に授くに、吾が子諸侯たるを辞して耕す。あえて問う、その故は何ぞや。

「以前、堯さまが天下を治めておられたころは、我が敬愛するあなたは諸侯として一国を支配しておられた。堯さまが天下を舜さまに譲り、舜さまがわしにお譲りになると、我が敬愛するあなたは諸侯の地位を辞して耕作に従事されるようになってしまわれた。聞きにくいことではありますが、その理由は何でござるか、教えてくだされませい」

子高、振り向きもせず、ぼそぼそと答えた。それも真率、悲しげに。

昔、堯治天下、不賞而民勧、不罰而民畏。今、子賞罰而民且不仁。徳自此衰、刑自此立。後世之乱自此始矣。

むかし、堯の天下を治むるに、賞せずして民勧み、罰せずして民畏る。今、子は賞罰して民かつ不仁なり。徳はこれより衰え、刑はこれより立たん。後世の乱はこれより始まるなり。

「以前、堯さまが天下を治めておられたころは、賞を与えなくても人民どもはなすべきことに勤しみ、罰を与えなくても人民どもはなしてはならぬことをしなかった。今、おまえさんは、賞罰を与えている。そして人民どもは本来の心優しさを失うている。徳(による社会統合)は賞罰を与えることから衰えはじめ、かくして刑(による社会統合)がはじまるのじゃ。これからの世の中が住みづらくなっていくのは、おまえさんの政治のせいなのじゃ。」

そんな政治にどうして参加することができようか。だから自分は職を辞したのである――――。

「む、むむむ・・・」

禹が蒼ざめた顔で立ちすくんでいると、子高はさらに言うた。

夫子闔行邪。無落吾事。

夫子、なんぞ行かざるや。吾が事を落(やぶ)るなかれ。

「おまえさん、いつまでそこでうろうろしているのじゃ? これ以上わしの仕事の邪魔をせんでくれ。」

「闔」(ゴウ)は、そのままだと「扉(が閉じる)」という意味の文字ですが、「何不」(ガフ)と同音であるため、「何不」の二文字の代わりに使われて、

何ぞ・・・せざる。

という疑問文を作る文字になります。

「落」(ラク)はここでは「露」(ロ)と通じ、「敗る」「こわす」の意。

そして、

俋俋乎耕而不顧。

俋俋乎(ゆうゆうこ)として耕し、顧みず。

耕作に専念して振り返ることもしなかった。

のである。

禹は悄然として帰路に就いた。

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今日、うちのエラいさんにこの態度をとってやった。とってやったぞ、うはは。

しかしエラいさんは理解できなかったようである。「荘子」天地篇より。

 

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