平成21年 9月14日(月)  目次へ  前回に戻る

昨日の続きです。

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晏子は景公のお召しを受けて、朝廷に出るときの礼服を着てやってまいりました。

景公、その晏子に、

「うひゃひゃ。

今者寡人此楽、願与大夫同之。請去礼。

今ぞ寡人これ楽しめり、願わくば大夫とこれを同じうせんことを。請う、礼を去れ。

今、わし(「寡人」は諸侯の自称である)はたいへん楽しい。大臣よ、あなたとこの楽しみをともにしたいのじゃ。さあ、礼服を脱ぎ捨てて、無礼講でござるぞ。

うひひひひ〜」

と言うた。

晏子、これを聞き、憮然として曰く、

君言過矣。

君言過てるかな。

「公よ、あなたの言葉は間違っておりますぞ!」

ぶぶう。

一緒に楽しもうとしたのに突然叱られた景公は凍りついたように晏嬰を見た。

晏嬰、続けて曰く、

「わが斉の国において五尺以上(140センチぐらい以上)の男子は、腕力だけならわたくしにも、あなたにも勝(まさ)っておることでございましょう。それなのに、彼らがあえて乱を成さないのは何故か。おわかりですかな。

畏礼也。

礼を畏るるなり。

礼儀と、それが約束する秩序を大切に思っているからですぞ。

礼と秩序を無視すれば、わたくしやあなたは倒せるかも知れぬ。しかし、今度は同様に礼を無視した別の若者に倒されてしまう。若者でなくても、力を合わせた老人やオンナコドモに殺されるかも知れない。だから、彼らは礼と秩序を重んじて、われらに乱を成そうとしないのです」

晏子は、ぎろぎろ、と眼光らせて景公を睨みすえながら、続けた。

「故に、こういうのであります。

礼が無ければ、

・天子はその社稷、すなわち国のまつりごとをすることができない。

・諸侯はその与えられた国を治めることができない。

・大夫(大臣)はその一族を納めることができない。

・同氏族の兄弟は同じ地に共同して暮らすことができない。

だからいにしえのひとも「詩経」に曰く、

人而無礼、不若遄死。

ひとにして礼無くんば、遄(すみや)かに死するにしかず。

礼を無視するようなひとは、速やかに現世から去るべきである。

と。」

こういうて、晏子は、景公とその左右の者を、さらに眼の光鋭く、ぎろぎろぎろと睨みすえたのであった。

景公色愧、離席而謝。

景公は色愧じ、席を離れて謝す。

景公は顔色を変えて、恥ずかしそうに自分の席から離れて(晏子と同等の場に座を移し)、謝罪した。

のでありました。

・・・・・・・・お話としてはここで終わってもよいのですが、この景公の謝罪の言葉が(子供心にも)心に残るたいへんおもしろいものであったので続けます。

景公、謝罪して言うに、

寡人不仁、無良左右、淫湎寡人、以至於此。請殺左右以補其過。

寡人仁ならず、左右に良無く、寡人を淫湎して以てここに至らしむ。請う、左右を殺し以てその過ちを補わん。

わしは立派な仁徳あるニンゲンではないのじゃ。しかも、左右に侍る者にはよいやつがおらんかったんじゃ。こいつらが、わしをやり過ぎさせ、沈没させて、こんなことまで仕出かさせおったんじゃ。こいつらを殺させてくれ。それによってわしの過ちを償おうぞ。

「淫」は「みだら」ではなくて「みだりに」ということで、「やり過ぎた」という意味である。「湎」(メン)は「沈める、おぼれさせる」の意。

歴史上の景公がほんとにこんなことを言ったかどうか知りませんが、すばらしくわかりやすい責任転嫁の辞である。すばらしい。

晏子、苦りきった顔にて、

「公よ、あなたが礼を好めば左右には礼を好む者が集りましょう。あなたが礼を嫌うから、あなたの左右に礼を嫌う者が集まっただけです。どうして左右の者の責任になされるか」

景公曰く、

善哉。

善いかな。

「そのとおりじゃ」

そしてすぐに礼服に着替えると、お酒を用意させ、晏子との間で、礼の規定どおりに、さかずきを三回やりとりしあって、君臣の礼を尽くした。

さかずきのやりとりを終えると、晏子は自邸に引き上げるのであったが、公はそれを、立ち上がり、近臣たちとともに拝礼をして見送ったのであった。

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「これで、

人而無礼、不若遄死。

ひとにして礼無くんば、遄(すみや)かに死するにしかず。

礼を無視するようなひとは、速やかに現世から去るべきである。

という「鄘風・相鼠」の詩句のこと、よくわかったであろう」

と韓嬰先生がおっしゃった。

ので、われらは

「あいー!」

と大きな声ではきはきと、返事したものであった。

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斉の景公の調子の良さが印象的なお話ですね。「韓詩外伝」巻九より。

この「相鼠」の詩は

相鼠有○、人而無●。人而無●、不死何為。(第四句も少しづつ変化する)

鼠を相(み)るに○有り、(そいつは)人であるのに●が無い。人であるのに●が無いのなら(そいつは)、はやく死んでしまうべきでしょう。

という基本形の○と●をどんどん入れ替えて続いていく掛け合い調の歌です。おそらく男女の間の思いに応えぬ薄情を責める歌垣のうたではないかと思います。(○と●は「伏字」ではなく、韻のよく似た違う言葉、例えば、「皮」(ヒ)と「儀」(ギ)、「体」(タイ)と「礼」(レイ)が入る)

簡単な詩ですが有名な詩なので紹介しよう・・・と思いましたが、この詩は、毛派の伝統的解釈においては為政者への批判の歌、ということになっており、為政者への批判をするとコワいので、今日のところは紹介するのを止めておくのがお互いのため、であろうからやめておきます・・・とかうんたらかんたら。

 

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