平成21年 8月10日(月)  目次へ  昨日に戻る

虎が出ました。

虎は、あるひとを咥えて村から走り出そうとした。

そのひとの腕自慢の息子、虎を射殺せんものと弓を執って満月のように引き絞った。

そのとき、虎に咥えられた父親が、大声で言った。

「我が子よ、脚を狙うのだ。

不要傷壊了虎皮、没人肯出価銭。

虎皮を傷壊してひとのあえて価銭を出だす没(な)からんことを要せず。

トラの皮に傷をつけてしまうと、あとでお金を出して買ってくれるひとがおらんぞ!」

―――息子がどう対処したかは伝わっておりません。

遠いところから来たお客人、ずっと座ったまま帰ろうとしない。

その家には鶏とアヒルがわんさかいて、コケコケ、ガアガアとうるさいぐらいであるが、その家の主人、お客人にこう言うた。

家中貧物、不敢留飯。

家中物に貧しく、あえて留飯せず。

わが家は何もございませんでしてな、ご馳走しようにもすべがござらん。

客人それを聞いて、

「なるほど、ごもっとも。では、一本大きな庖丁を貸してもらえぬか」

「どうなさるおつもりで?」

客人答えて曰く、

欲殺己所乗馬治餐。

己の乗るところの馬を殺して、餐を治めんと欲す。

わしが乗ってきたあの馬を殺して、晩飯にしようと思いますのじゃ。

主人曰く、

公如何回去。

公、如何ぞ回去せん。

そんなことをしたら、あなたさまはどうやって家にお帰りになるのですかな。

客人曰く、

凭公、于鶏鴨中、告借一只、我騎去便了。

公に凭(よ)って鶏鴨中より一只を告借し、我騎して去らん。

あなたの家のニワトリかアヒルの一羽をお借りして、それに乗って帰りますぞ。

―――ほんとに馬を食い物にしてしまったかどうかは、伝わっておりません。

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遊戯主人「笑林広記」巻九より。「一」の方が実存のぎりぎりのところからの叫びとして、われわれ近代人の心を揺さぶる。

 

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