↓今日ははやく寝るよ。

 

平成21年 3月14日(土)  目次へ  昨日に戻る

今日は田舎から友人が出てきた。別に遊びに来たのではなく、ムスメのケッコン式に出てきたのである。へー、もうムスメがケッコンする年齢なのか。

――まことにこの世の日月の早く過ぎ行くことよ。

と嘆じてみたりする。

夕暮れの雲急ぐなり孫悟空きみより速きひとのさだめぞ  (暗闇亭主人=くらやみのやのうし)

それでちょっとアルコールが入ってたりして眠くて眠くてたまらんので、手抜きで寝ます。

「格言連璧」に収められた対聯の中にいう、

読未見書、如得良友、  いまだ見ざるの書を読むは、良友を得るが如く、

読已見書、如逢故人。  すでに見るの書を読むは、故人に逢うが如し。

 読んだことの無い本を読むのは、良い友と知り合うようなものであり、

もう読んだことのある本をまた読むのは、古い友と出会ったようなものじゃ。・・・@

善い本ですとそうなるでしょう。

黄鉞(こう・えつ)というひとがいます。安徽・当涂のひと。清の乾隆年間の進士で左田先生と号す。官は礼部尚書(文教担当の大臣)にまで達した。

彼の書斎を「壹斎」といい、その書斎に掲げられていた対聯にいう、

旧書細読猶多味、  旧書を細読すれば味多きがごとく、

佳客能来不費招。  佳客はよく来たりて招くを費やさず。

この「佳客」は@の「良友・故人」を受けて古書のことをいうとも取れますが、ここは「心の通っている来訪者」と考えておきます。

 古い書物を細かく読むと、なかなかこれが味わい深い。

 良き友だちはほうっておいても来てくれるので、わざわざ招く必要がない。

佳客は職を失い書斎に隠棲していても訪ねてきてくれる、というのです。顕職にあったころには引っ切り無しにお見えになっていたのに、今となっては無しのつぶての方々も多くおられますのに。

黄左田とほぼ同年齢(黄の方が一歳だけ若い)のが、乾隆年間の大学者で、黄よりずっと先に礼部尚書となった文達公・紀暁嵐です(本HPでは「閲微草堂筆記」の著者として何度もご登場願っている)が、彼がどのようなときであったか、対聯を作っていう、

浮沈宦海為鴎鳥、  宦海に浮沈して鴎鳥と為り、

生死書叢似蠹魚。  書叢に生死して蠹魚に似たり。

 官界の海で浮き沈みする官僚となり、波間のかもめ鳥みたいに(浮いたり沈んだりに)なってしもうた。

書物の草むらで生まれ死んでいく読書人となり、紙を食ってくらす紙魚(しみ)のような人生なのじゃ。

彼は四歳のときから最後の床で意識を失うまで、一日として筆を持たなかったことはない、という大読書人ですので、疲れたことでしょうなあ。

 

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