平成21年11月10日(火)  目次へ  前回に戻る

晋の嵆含(けいがん)の著わした熱帯植物百科である「南方草木状」によると、むかし、林邑(今の北ベトナムあたり)の王と(長江下流。ただしここでは広州あたりのことか)の王とが争い、林邑王が敗れて、屈辱的な和議を乞うたのだそうである。

林邑王はこの屈辱をはらす(←逆ギレ)ため、越王のもとに刺客を送ることにした。その際、生きては帰れぬかも知れぬ刺客を国境まで送り、猛毒を塗った宝剣を与えるとともに、ちょうどそこに生えていた林邑に特産のある樹木の果実を取ってこれを美々しく飾った箱に入れ、

「越王への手土産とせよ」

と言うて渡した。

刺客は林邑王よりの使いと称して越王に謁見し、林邑王の献上品と称して、美々しく飾った箱から、果実を取り出した。この果実は少し乾いて、ちょうどひとの頭ほどの大きさになっていた。

「この実の中には、おのずと醸された美酒が貯えられております」

と果実を越王に手渡すと、確かに実の中に果汁がある。越王はこれを飲んでしたたかに酔うた。

刺客乗其酔、取其首。

刺客、その酔に乗じてその首を取る。

刺客は越王の酔いに乗じて、宝剣を以て突き刺し、その首を、ごりごり、ぶちん、と掻き切った。

そして、越王を介抱するふりをして、その胴体だけを寝台に横にさせ、首を献上品の箱に入れると、何事も無かったように王宮を退出し、林邑に逃亡したのである。

林邑王は越王の首を得ると、これを

懸于樹。

樹に懸く。

国境の、行きがけに実を取っていった木の枝に懸けて、さらしものにした。

この後、この木には越王の逆さになった首のごとき実が成るようになった。

其核猶有両眼、而其漿猶如酒也。

その核なお両眼のごとく、而してその漿なお酒の如きなり。

その果実の中の種は、両方の眼球のごとき形をし、その果汁は酒のような味がする。

それゆえ、この樹の実のことを南方では「越王頭」という。いわゆる「椰子」のことである。

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なるほどなあ。勉強になった。

と思ったところ、明の李時珍が、

「だまされてはいけませんなあ」

と腕組みしておっしゃるのであった。

「この「越王頭説話」は、

南人称其君長為爺、則椰名蓋取于爺之義也。

南人その君長を称して爺(ヤ)と為せば、すなわち「椰」の名は蓋し「爺」の義に取るなり。

南方のひとは、その首長のことを「爺」(ヤ)と呼んでおります。ただしこれは「年長者」の意じゃ。「椰」の「ヤ」を「爺」であろうと考えて作ったお話でしかないのですからな。

なるほどなあ。勉強になりました。こんなのに騙されているようでは、「悲しき熱帯」を百回ぐらい読んで暗誦するぐらい勉強しないといけませんね。

なお、前漢の時代には既にチュウゴク本土に知られており、「胥余」(ショヨ)あるいは「胥爺」(ショヤ)と呼ばれていたそうである。

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「大言海」をひもとくに、

(椰子の実の)中心は、空にして清水あり、常に飲用とす、甚だ甘美にして、酒気あり。

とある。昔の一般のお酒は度数がきわめて低かったらしいから、越王はこの椰子漿の酒気程度のものでも、ころんと酔っ払ってしまったのですな。

 

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