令和2年9月4日(金)  目次へ  前回に戻る

「暗愚なものがおると苦労するのう」「御意」

やっと金曜日になりました。

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晋の楚王・司馬瑋は武帝の第五子、恵帝の弟に当たる。太子少傅・楊駿が謀反の疑いで誅殺された際、まだ少年の年頃であったが決断力に富み、武威あって刑殺するところ頗る多く、ひとびとの忌むところとなった。特に良識派であった汝南王・司馬亮大保・衛瓘

其性狠戻、不可大用。

その性狠戻(ぎんれい)、大用すべからず。

「性格がひね曲がり過ぎておられる。あまり権限を持たせてはならぬであろう」

として、瑋の私兵でもある取り巻きたちを捕縛しようとした。

この取り巻きたちが、逆に、恵帝の暗愚を利用して権勢をほしいままにしていた賈皇后に対して、汝南王・亮と衛瓘がクーデタを起こそうとしていると密告したため、皇后は恵帝を動かして瑋に密詔を送り、夜間、宮中において司馬亮と衛瓘を誅殺させたのであった。

このとき、取り巻きの一人であった岐盛という男が、

可因兵勢、誅賈謨、郭彰、匡正王室以安天下。

兵勢に因りて、賈謨、郭彰を誅し、王室を匡正して以て天下を安んずべし。

「兵士らの勢いに乗って、このまま(皇后派の)賈謨と郭彰を殺して、王室の悪いやつらを正し、天下を安定させるべきですぞ」

と瑋に耳打ちした。

しかし、瑋は

「うむ・・・」

猶予未決。会天明、帝用張華計、遣殿中将軍王宮齎騶虞幡、麾衆曰、楚王矯詔。衆皆釈杖而走。

猶予いまだ決せず。天明に会するに、帝、張華の計を用い、殿中将軍を王宮に遣りて「騶虞幡」(すうぐばん)を齎さしめ、衆を麾(さしまね)きて曰く「楚王詔を矯めたり」と。衆みな釈杖して走れり。

うじうじと決めきれないでいるうちに、夜が明けた。帝(の背後の賈后)は、大臣の張華の策を用いて、殿中将軍に、王宮へ「騶虞の旗」を持ち込ませ、瑋に従っている兵士らに、「楚王瑋は陛下の命令を偽っておるのだぞ」と投降を呼びかけた。すると、兵士らはみな武器を棄てて逃げ出して行った。

「騶虞」(すうぐ)は伝説のドウブツで、聖なる王者にしか順わないとされます。このためその姿(もちろん想像上の姿です)は、皇帝の居場所を示す旗印として使われました。

孤立した瑋は捕縛され、帝の命を偽って汝南王と大保を殺害し、宮中を混乱させた罪で斬に処せられた。時にまだ二十一歳であった。

刑が行われた直後、

大風雷雨霹靂。

大いに風と雷雨して霹靂す。

暴風が吹き雷が鳴り、雨が降って、落雷した。

これは正義が枉げられた徴である。天が泣いているのだ。

そこに、

「待たれよ、待たれよ」

と叫びながら使者の黄門(宦官)が刑場に現れ、

「楚王の行動は責められるべきであるが、帝への反意は無かったことを酌量して罪一等を減ずるとの帝意なるぞ!」

と呼ばわったが、

已伏法。

すでに法に伏せり。

もう処刑が終わった後であった―――。

という。

これより先、瑋は刑に臨んで、

出其懐中、青紙詔、流涕以示監刑尚書劉頌、曰受詔而行、謂為社稷、今更為罪。託体先帝、受枉如此。

その懐中より、青紙詔(せいししょう)を出だし、涕を流して以て監刑尚書・劉頌に示し、曰く「詔を受けて行うは社稷のためにすと謂うも、今さらに罪と為さる。先帝を託体するに、枉を受くることかくの如し」と。

そのふところの中から「青紙詔」を取り出して、落涙しながら処刑監視係長の劉頌に見せ、

「みことのりを受けて行ったことは、国家のためにしたことと言ってもらえるべきでしょう。それなのに、今や罪だというのです。先帝(武帝)の子どもとして肉体をいただきながら、このように冤罪を受けることになりますとは」

と言った。

劉頌も、ともに刑死の執行を待つ取り巻きたちも、みなすすり泣きをしたという。

史書に言う、

賈后先悪瓘亮、又忌瑋、故以計相次誅之。

賈后まず瓘・亮を悪み、また瑋を忌みて、故に計を以て相次ぎてこれを誅す、と。

賈皇后は以前から汝南王と衛瓘の力を憎んでいたが、次に楚王瑋が権力を掌握するのを嫌がって、このため策謀して両者を相次いで誅殺したのである。

と。

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「晋書」巻五九・楚王瑋伝より。ここまでが前置きで、やっと本題に入ります。

楚王瑋が懐から出してきた「青紙詔」(せいししょう)とは一体なんであろうか。

後世の学者曰く、

青紙詔、密詔也。

青紙詔は、密詔なり。

「青紙詔」というのは、秘密の命令書のことである。

説者意以青紙為之、用薬物作書、以水浮即見。

説者意うに青紙を以てこれを為し、薬物を用いて書を作して、水を以て浮かせば即ち見(あら)わる。

学者たちの説明では、青い紙を使って台紙にし、それに特殊な薬物を使って文字を書く。そのままでは透明なのだが、水に浮かせると紙に文字が浮き出てくるのである。

スパイ七つ道具みたいなやつだったのです。

さて、

如今人挟帯文字入棘試者、於青布衣上以薬物写文字、臨時以水沃之、其字立見也。

如今、人文字を挟帯して棘試に入らんとする者、青布衣上に薬物を以て文字を写し、時に臨んで水を以てこれに沃げば、その字立ちどころに見(あらわ)るなり。

ゲンダイ(明の時代のことです)、誰かが字を書いておいて試験場に持ち込もうとする時に、青い布の服に特殊な薬物を用いて文字を書き写し、試験の際に水を衣服にかけると、そこの文字が浮かび出るという方法があるのである。

昔の技術を利用して、そんなことしてたんですね。

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明・張萱「疑耀」巻五より。以前から、ズルの好きなみなさんにこのカンニング方法を教えてあげなければ、と思っていたんですが、前置き部を紹介するのに数時間かかってしまうので、この休前日まで待っていたのです。やっと教えることができてよかった。しかし、この間に肝冷斎は業務上大失態を仕出かし、かなり困った立場に追い込まれてしまっています。

 

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