令和2年8月24日(月)  目次へ  前回に戻る

カメはなかなか油断がならない。こいつは五色ガメ。黒いのは玄武である。

本日は午後、ひとの目を盗んで居眠りしてしまい、起きてから、急に起きたのが悪かったのでしょう、頭痛で頭が痛い(←こういうのを「文選読み」と言います)です。

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「そんなことがあるものか」

「わはは、居眠りしている間に夢を見たのだろう」

「やはりコドモだな、おまえは。情けない」

とみなさんに教え諭されそうですが、

清の乾隆甲寅年(1794)の六月、江蘇・太倉の劉河口の漁師・沈某という者が、

于海中網一大亀、長一丈二尺。

海中において一大亀、長さ一丈二尺なるを網にす。

海の中で、どでかいカメを網にかけた。体長3.6メートルもあった。

載至梁姓行、数十人曳之上岸。

載せて梁姓の行(こう)へ至り、数十人にてこれを曳きて岸に上ぐ。

舟に乗せて「梁」という姓の魚商のところに持ち込んだが、舟から陸上にあげるときになかなか動かないので、数十人の作業員を頼んで引っ張り上げてもらった。

「世話の焼けるカメだなあ」

陸上にあげられるのを嫌がっているようなのですが、のそのそとあまりにも動きが鈍いので、本当にイヤなのかどうかもよくわかりません。

(しかしでかいな。ふふふ・・・)

沈臆念此亀必有明珠、索価二千両。久之無有售者。

沈、臆念するにこの亀必ず明珠有らんとして、価二千両を索む。これを久しくして售(か)う者有る無し。

沈は、勝手に想像して、このカメは伝説の大亀で、腹を剖くと巨大な珠が出てくるにちがいないと考え、銀二千両の値をつけた。しかし、いつになっても買い手はつかなかった。

値段は持ち込んだ漁師が決める、というシステムなんですね。

買い手がつかないまま、

越二十三日、不飲不食、観者塡門。

二十三日を越うるも飲まず食わず、観者門を塡(うず)む。

二十三日も経ったが、カメは飲んだり食ったりもしないし、でかいので、見物人がたくさんやってきて、梁の店先はいつも満員になっていた。

「これでは商売ならんなあ」

梁厭其喧擾、詭言、有司査訊、幸即持去、無累我也。

梁、その喧擾を厭い、詭(いつわ)りて言うに、「有司査訊あり、幸(ねがわ)くば即ち持去して、我に累する無かれ」と。

梁はその騒がしいのがイヤになって、ウソをついて

「お役所の方からこれは一体何か、というお問い合わせが来ている(。お前は間もなく取調を受け、(ワイロを贈らなければ)きついお叱りを受けるだろう)。お願いだからすぐどこかへ持って行って、わしまで巻き込まんでくれ」

と言った。

沈はそのコトバに恐れをなして、カメを引き取り、舟に載せた。

上陸時と違って、こちらは彼の意に適うようで、人手を借りて引っ張る必要は無く、のそのそと自分で舟に乗ってきた。

沈は、沖合に出ると、

放入于海。始舎之、圉圉焉不動、船乃還、約離三里許、見亀頭一伸、放白光三丈余、悠然而去。

放ちて海に入る。始めこれを舎くに、圉圉焉(ぎょぎょえん)として動かず、船すなわち還りてほぼ三里許り離るに、亀の頭一伸して、白光を放つこと三丈余、悠然として去れり。

「どこへでも行ってくれ」

とカメを海に入れて解放してやった。はじめ、海中に入っても、捕まったままのように動きもしなかったが、沈の舟が港の方へ戻ろうとして、ほぼ1.5キロぐらいも離れたかと思われたとき、ふと振り返ってみると、カメは頭をひと伸ばしして、頭上から白い光を十メートルも発射して、それからゆったりと沖合に出て行ったのであった。

「なんだ、あの光は・・・」

カメが進むと、

触浪排空、左旋右転、海水為之沸騰。

浪に触れては排空し、左旋し右転し、海水これがために沸騰せり。

カメの周りの海水は空に弾き飛ばされ、左側にも右側にも渦が湧いて、海の水はそのために湧き上がっているようであった。

「ああ、そういうことだったのか・・・」

沈は嘆じて、大いに感じ入った。

乃知前此之任人捕之曳之視之載之放之、而巍然不動者、恐傷人耳。

すなわち知る、前にこれの、人のこれを捕り、これを曳き、これを視、これを載せ、これを放つに任して、巍然として動かざるものは、人を傷つくるを恐るるのみなり。

つまり、このカメが、ニンゲンが捕まえ、引っ張り上げ、じろじろ見物し、舟に乗せ、解放するのをやりたい放題にさせて、のそのそと動かずにいたのは、自分が行動すると周りのニンゲンたちを傷つけてしまうことがわかっていて、それを避けようとしたのだ、ということに気づいたのだ。

真霊物也。

真に霊物なり。

「ほんとうに神秘的なやつだったんだ」

沈はそれから毎日海に向かって何やら語り掛けるようになり、数年後には漁師をやめて行方をくらましてしまったという。

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「履園叢話」第十四より。ニンゲンとはいえ、英雄や知識人やアイドルや評論家や(芸人もいれておきますか)何やらえらいひとたちではなく、ゴミくずのような漁師や商人や見物人や作業夫どもを傷つけないようにするとは、確かにすばらしいカメであるといえよう。

ところで、みなさんは、わたしもこのカメのように、すごい能力を持っているのにみなさんを傷つけるといけないのでじっとして、みなさんからの屈辱に耐えている・・・のかも知れない、と、思ったりしないもんですかね。違うと思いますが、もしかしたらキレると危険カモよ。

 

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