令和2年5月4日(月)  目次へ  前回に戻る

毎日先例通りのごはんばかり食べていると厭きるので、インド料理も食べるぶたとのだが、ナンは炭水化物であるので無茶苦茶美味い。

みどりの日になるともうGWは終わりだ。例年このころには虚しい。先例としてすべてが。

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岡本全勝さんに「カレンダー」のご紹介をいただいたので、こちらでも全勝さんの著書のご紹介でもしてみようかと思って、その帯を見ると、

「前例通りに前回通り、去年通りに今まで通り」

というすばらしいキャッチフレーズが掲げられています。さすがは全勝さんだ。ゲンダイのわれわれが考えるより、やっぱりいにしえの人のやったとおりにやるのが一番いいということなんでしょうね。

チャイナでは、「先例どおり」を「率由旧章」(旧章に率(したが)い由(よ)る)といい、大切なことだと考えられています。

しかし、

大凡処事、不可執一而論、必当随時変通斟酌、尽善乃為妙用。

おおよそ事を処するに、執一にして論ずるべからず、必ず随時に当たって変通し斟酌し、善を尽くしてすなわち妙用と為す。

たいていのことは処理するに当たって、これしかない、と拘泥して考えてはいけない。必ず、時間の変化に対応して変化させ通用させ、斟酌して、一番いい形にするよう努力するのが、よい方法である。

という意見のひともいるようなんです。このひとに言わせると、

余嘗論率由旧章一語、不知壊尽古今多少世事。

余、嘗(つね)に「旧章に率由す」の一語の、古今多少の世事を壊尽せるか知れざるを論ぜり。

わしはいつも、「先例どおり」の一語が、いにしえより今に至るまで、どれほど多くの社会事業をぶっ壊し尽くして来たか、知れたものではない、と言ってきた。

有旧章之不可改者、有旧章之不可不改者。

旧章の改むべからざるもの有り、旧章の改めざるべからざるもの有るなり。

先例には、ある時点では改めてはいけないものももちろんあるのだが、ある時点で改めないわけにはいかないものもあるのである。

なんと。

わしの郷里・無錫では、郊外の北望亭橋というのが老朽化して、嘉慶二十年(1815)に架け替えの議論が起こった。

このとき、

諸郷民原請造牽路、以便往来舟楫。

諸郷の民、もと牽路を造り、以て往来の舟楫に便せんことを請えり。

関係する村の民たちは、橋の改修に合わせて、橋をくぐらせて川沿いに「牽路」を設け、それによって往来する舟の便利を図りたい、と要望していた。

「牽路」は、舟に綱をつけて人夫が牽き、あるいは上流に向かって引き上げたり、あるいは下りの舟を安全に航行させたりする際に、人夫たちが使う通路のことです。

「へー。それは、あれば便利かも知れませんね。しかし・・・」

当時の無錫県令であった韓履寵は、村の民たちに訊ねた。

向来有否。

向来(さき)には有りや否や。

「これまでそれはあったんですかな?」

村人たちは答えた、

無之。

これ無し。

「これまではありませんでした。(だから今回作りたいんです)」

韓県令は言った。

然則率由旧章、可也。

然ればすなわち旧章に率由すれば、可ならん。

「そういうことでしたら(これまで無くても困らなかったんですから)、これまでどおりにしておけばよろしいんではないでしょうか」

県令としては効果もよくわからんし、対岸側と調整するのも大変だろう、ということだったのだと思います。

村の民たちは「お待ちください」と騒ぎかけたが、

監造之紳衿華鳳儀輩、因人碌碌、亦不与韓君弁。

監造の紳衿・華鳳儀輩は、人に因りて碌碌として、また韓君と弁ぜず。

「碌碌」(ろくろく)は小石がたくさん転がっている様子、「ごろごろ」です。派生して、「役に立たない」とか「他のやつに従うだけ」という意味にもなります。ということは「碌でもない」やつはそれ以下、ということになりますね。「紳衿」は文字通りには「幅広の襟」ですが、そういう服を着ている地方の指導者、いわゆる田紳のこと。

橋の架け替え事業全体を管理する庄屋の華鳳儀たちは、他のひとに追随しているばかりで役に立たず、韓県令と議論しようともしなかった。

だから決して県令おひとりの責任ではないんですが・・・。

官からは一部補助が出ますが、原則労働力は地元持ちで、しかし先例により「牽路」は認められませんでした。

橋の架け替えは管理者の華たちがケチって、

将陋就簡、数月而成。

陋を将(もち)いて簡に就(つ)き、数月にして成る。

低質な材料を使って簡便な方法を選び、数か月で完成した。

だが、その後、舟の往来は年々増えて来たが、

毎遇西北風、其流直衝、無有約束、覆舟殞命者、一歳中総有数次。

西北風に遇うごとに、その流れ直衝するも約束有る無ければ、舟を覆し命を殞(お)とす者、一歳中にすべて数次有り。

西北の風が吹くと、流れに直角に突き当たるのだが、舟の方を岸に繋ぐ方法がないので、舟が転覆して人命を失うことが、一年に何回も起こっているのである。

ああ―――

率由旧章之誤事也、可畏哉。

旧章を率由する、の事を誤つや、畏るべきかな。

「先例通り」によって事案を誤ってしまうと、このように恐ろしいことになるのである。

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「履園叢話」二十三「雑記上」より。そうは言っても、全勝さんが・・・、あれ? 

「でいいのか!!」を見逃してました! 

なんと、全勝さんも先例通りではいけない、と言っていたんだ! しかも手取り足取り教えてもらえるみたいですから、みなさん教えてもらうといいと思いますよ。

 

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