令和2年4月13日(月)  目次へ  前回に戻る

善良そうなマスクねこもいるものである。

今日は朝からずっと雨で、寒いですね。

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えーと、なんだっけ。あ、そうだ、

―――おまえが深淵を覗き込むときは、深淵もまたおまえを覗き返しているのだ! (F.ニーチェ「善悪の彼岸」)

なんだそうなんですが、その穴はかなり深そうである。

「ずいぶん、深そうだなあ・・・」

「だんな、大丈夫ですだか」

船頭が心配そうに側に来た。

「石でも投げこんで深さを測ってみるか・・・」

「あー、ダメダメ。いいですか、ここは・・・

曰、黄龍洞。

黄龍洞と曰えり。

黄色い龍が棲んでいる、と言われているんです。

覗き込んで、龍と目が合うと、毒気を吹かれて死んじゃうひともいるんですよ。石なんか投げこんだら絶対やられます」

「へー」

おそらく溜まっている有毒ガスがときおり噴き出したりするのかも知れません。

「長居はしないほうがいいでっせ」

「そ、そうか」

そうおどされて、

余急登舟。

余、急ぎ舟に登る。

わしは急いで舟に戻った。

そこから「下鐘崖」に向かう。

舟人且櫂且歌。

舟人かつ櫂し、かつ歌う。

船頭さんは、櫂を操りながら、歌を歌った。

その歌にいう、

荒城正対白沙洲、 荒城は白沙洲に正対し、

但聴江声日夜流。 ただ江声の日夜に流るるを聴くのみなり。

人家富貴無三代、 人家の富貴、三代は無し、と、

毎有清官不到頭。 つねに清官有るも到頭せず。

「到頭」は「徹底する」。

 荒れ果てた城壁は白沙の洲に向かい合い、

 長江は昼も夜も流れていく、その音ばかりが聞こえている。

 (この水のように流れゆく)人の世に、三代続く富貴の家はない(みなその前に潰れていく)のだと、

 無欲なつもりでいたとても、なかなかわかっちゃいないものなのさ。

其声宛転、亦可以見風土人情之一斑耳。

その声宛転とし、また以て風土人情の一斑を見るべきのみ。

その歌声はゆったりと繰り返し、ここにもこの地の風土と人情の一コマを見ることができる。

頃之回過城西門、繋舟普佗庵下。循径而上、懐蘇亭。

頃之(しばらく)して城西門を回過し、舟を普佗庵の下に繫げり。径を循りて上れば、「懐蘇亭」なり。

しばらく行って城西門のあたりから方向を変え、舟を「普佗庵」の前に繫いだ。そこから小道をたどってぐるりと昇っていくと、「懐蘇亭」というあずまやに着く。

ここは宋の蘇東坡がかつて立ち寄ったところと伝えられ、蘇東坡の文章が刻まれた石碑が立っています。

あずまやの右側はもう長江が見下ろせ、

丹崖林立、嵌空霊瓏、俯聴鐘声、宛在足底。

丹崖林立し、空に霊瓏を嵌めるがごとく、伏して鐘声を聴けば、宛(さなが)ら足底に在るがごとし。

赤い土の崖が林のように並び聳え、まるで青い空の欠けた部分に神秘的なタマを嵌め込んだみたいで、俯いて鐘の鳴る音を聞くと、さながら足下の地底から聞こえてくるようだ。

あずまやの左右の崖にはあちこちに先人たちの題した文字が遺っていた。特に珍しいと思ったのは、明の王陽明が、反乱を鎮圧した後その捕虜を連れてここを通ったときの記念の書き込みなどである。

読畢而下、復乗舟循石壁行、其洞壑之奇、不亜上鐘崖。

読み畢(おわ)りて下り、また舟に乗りて石壁に循(したが)いて行くに、その洞壑の奇、上鐘崖に亜せず。

書き込まれた文字を読み終わって下り、また舟に乗って、そこから断崖に沿って行った。そのあたりの岩の洞窟や溪谷の姿のすばらしさは、上鐘崖に劣らない。

そして、

両壁如剪、夾一小閣、則奇険更甚于観音崖也。

両壁は剪るがごとく、一小閣を夾み、すなわち奇険なること観音崖より更に甚だしきなり。

両岸の岩壁は切られたようにそそり立ち、その間に挟まれるように小さな建物があって、その神妙で危険そうなのは、先ほど(昨日の記述を参照)の観音崖よりもさらにすごいのである。

ただ、

是時日色已晩、風亦稍定、始命回舟。已上灯火矣。

この時、日色すでに晩く、風またやや定まり、始めて舟を回らさんことを命ず。すでに灯火を上げたり。

このときにはもう日の光はだいぶん暗くなっており、風もやっと収まってきていたので、残念ながら「そろそろ引き返すか」と命じたのであった。ちょうど舟にもともし火を点じる時刻であった。

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「履園叢話」第十八「古蹟」より。なんとか二日で終わりました。今日は寒い。北関東で大雪警報だそうです。この雨雪で新型コロナが流され・・・ていればいいのですが。

 

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