平成32年1月20日(月)  目次へ  前回に戻る

「この寒いのにぬくぬくと寝ている雪だるまがいるなんて、世の中おしまいでポックル」「叩き起こしてあげポックル」と末の世を嘆くコロポックルたちだ。

人の名前や事案が思い出せません。「アイツのアレをアレしておかなきゃ」みたいなボキャブラリーになってきています。ボケて来ているのでしょう。

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むかしは、

宣城産木瓜最佳。

宣城の産する木瓜、最も佳なり。

安徽・宣城で産出される木瓜(もっか。ぼけ)の実が最もよい。

と言われていました。

この宣城の木瓜には言い伝えがあって、

父老相伝、唐末不生実、至宋初生。靖康中忽不生、至紹興後又生。宋末咸淳末不生、国初始生。

父老相伝うるに、唐末実を生ぜず、宋初に至りて生ず。靖康中忽ち生ぜず、紹興に至りて後、また生ず。宋末の咸淳末生ぜず、国初始めて生ぜり。

年寄りじじいどもがぼそぼそと言い伝えているところでは、この町の木瓜は、唐の末に実を結ばなくなったのだが、(五代の戦乱期を経て)宋の初めに太平が戻ると、実を結ぶようになった。

宋の時代も金の侵入により北宋が滅びた靖康元年(1126)には突然実を結ばず、南宋が建国されて落ち着きはじめた紹興年間(1131〜1162)以降、また実を結んだ。

南宋も末の咸淳年間(1265〜1274)になるとまた実を結ばず、我が大元帝国が統一に成功すると、またまた実を結び始めたのである。

不思議なことである。

何其一木擅天地之正気、猶若是之霊耶。

何ぞそれ一木の天地の正気を擅(ほし)いままにし、なおかくのごとく霊なるや。

どうして一種類の木が、天地の正常な雰囲気を好き放題に動かし、こんなふうに霊妙な振る舞いをするのであろうか。

ほんとですよね。

ところで、

今自甲午年又不生、至今無木瓜、合薬甚難得。

今、甲午年よりまた生ぜず、今に至るも木瓜無く、合薬はなはだ得難きなり。

現在、この間の甲午の年(至正十四年(1354))からまた実を結ばなくなりはじめ、その後ずっと木瓜が無いのでそれを調合した生薬も入手できなくなってしまっている。

もしかして、大元帝国も滅びるのであろうか? まさか、ね。

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元・孔斉「至正直記」巻三より。その後どんどん混乱して、至正二十八年(1368)には、元の順帝は北京からモンゴル平原に退出し、チャイナは明に統一されることになりました。それからもう750年ぐらい経つのでしょうか。今、宣城市のボケがどうなっているのか知りませんが、チャイナ経済大丈夫なのかな?

 

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