平成30年12月19日(水)  目次へ  前回に戻る

落日のぶた藩である。人材の登用に失敗した組織は滅ぶしかないのだ・・・が、ぶた藩にはもともと人材はいない。

カサカサしてあちこちかゆい。ノミやシラミはいないと思うのですが・・・。

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ほんとのことかどうかは知りませんよ。

春秋の時代、

子圉見孔子於商太宰。

子圉、孔子を商の太宰(たいさい)に見(まみ)えしむ。

子圉(しぎょ)が、孔子を商国の筆頭大臣に面会させた。

子圉という人が何ものなのかわからないのですが、おそらく宋の国のブレーンなのでしょう。「商」は周以前の王朝であった「殷」のことです。春秋の時代、殷を承継していたのが「宋」国なので、「商」とは「宋」の国のことです。

孔子出、子圉入、請問客。

孔子出で、子圉入り、客を請問す。

孔子が面会を終えて退出したあと、子圉が太宰に面会して、客(孔子)の人物はどう見込んだか、質問した。

すると、

太宰曰、吾已見孔子、則視子猶蚤虱之細者也。今見之於君。

太宰曰く、吾すでに孔子に見(まみ)え、すなわち子を視るになお蚤虱(そうしつ)の細なるもののごときなり。今、これを君に見(まみ)えしむ。

大臣が言うには、

「わしはもう孔先生にお会いしてしまったからなあ。その後であなたにお会いしてみると、あなたはまるでノミとかシラミみたいにちっぽけに見えてしまうなあ。先ほど、孔先生を宋公さまに面会させるよう、手はずを取ったところじゃ」

「なんと」

子圉恐孔子貴於君也。

子圉、孔子の君に貴ばるを恐る。

子圉は、孔子が宋の君主に尊重される(と自分の立場が無くなってしまう)のを不安に思った。

そこで大臣に言った。

君已見孔子、亦将視子猶蚤虱也。

君すでに孔子に見ゆれば、またまさに子を視ること、なお蚤虱のごとからん。

「宋公さまがもし孔先生に面会なさったら、今度は公があなたをごらんになって、やはりノミやシラミのように見えてしまうのではございますまいか」

「なるほど・・・。これは気づかなかったわい」

太宰因弗復見也。

太宰因りてまた見えせしめざりき。

このため、大臣は孔子を宋公に面会させなかった。

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「韓非子」巻七・説林上より。「子圉蚤虱」という有名なお話でございます。「これで安心ですなあ。わっはっは」「わっはっは」と笑う太宰と子圉の楽しげな声が聞こえてきそうです。二人ともよかったなあ。

孔子は魯を亡命後、晩年に帰国するまでの十四年間に、二度か三度、宋の国を訪れているらしい(「史記」孔子世家)のですが、子圉とか太宰とか他の事績がまったく伝わらないひとたちが中心のお話なので、おそらく歴史的事実ではなく、ただの寓言であろうと思われます。

 

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