平成30年12月14日(金)  目次へ  前回に戻る

寒くなってきたら、コートを着込んで会社に出勤するのは下策で、ほんとはたらふく食って冬眠してしまうのが上策である。ただし、冬眠前になると友だちでも食い物に見えてくる場合があり危険である。

冬になってきましたが、服がありません。寒い。「買えばいいではないか」というひとが多いと思いますが、服は買うとコワいので買えません。

・・・・・・・・・・・・・・・

といいますのも、むかし、こんな事件があったのです。

道光元年(1821)秋、浙江・徳清県でのこと―――

月のきれいな夜、県令の幕僚たちが酒場の楼上で飲酒していたところ、

街鼓三下、風露漸侵。

街鼓三下し、風露漸く侵せり。

町ぶれの太鼓の音が三回鳴らされて深夜を告げたころ、露を含んだ風がだんだん寒く感じられてきた。

有胡友令僕取衣、久不至。

胡友、僕をして衣を取らしむる有るに、久しく至らず。

胡という幕友が、ボーイさんに「下の階に行って上着をとってきてくれないか」と頼んだのだが、なかなか戻って来ない。

「なにをやっておるんだ」

胡自往、亦不至。

胡自ら往くに、また至らず。

しびれを切らして胡が自分で取りに行ったのだが、やっぱり戻ってこない。

「どうしたのだろう」

とみんなで階下に見に行ってみると、

胡与僕皆仆地。

胡と僕、みな地に仆る。

胡もボーイさんも地面に気を失って倒れていた。

呼びかけて目を覚まさせて、いったい何があったのか訊いてみたところ、二人とも声を揃えて、

入房見一袍人立榻上、駭絶而仆。

房に入りしとき、一袍の榻上に人立するを見、駭絶して仆れたり。

「部屋に入ったとき、上着(コート)がベッドの上に、ニンゲンのように立っているのを見て、驚いて気を失ったのだ」

と言った。

実はこの飲み会には、幕僚たちの一人として、「翼駉稗編」の著者・湯用中自身がいて、親しく見たことだったのである。

胡とボーイ、二人の証言とはいえ、これだけならまだ偶然の出来事カモ、と思うところだが、その後、湯用中が都・北京に移転してきて、東華門に側の宿屋に泊まっていたときのこと、

同寓許姓購一袍、畳置臥榻、匆匆出門。

同寓の許姓、一袍を購い、畳みて臥榻に置きて匆匆に門を出づ。

同じ下宿の許なんとかという人が、上着を買って、これをたたんで寝台の上に置いて、宿からすたこら出かけたことがあった。

用務を終えて帰ってくると、その上着が無い。

疑人竊取、回首則袍植立門側。

人の竊取せるを疑うに、回首すれば袍は門側に植立せり。

「誰かが盗んだのではないか」と騒ぎになり、下宿人たちが集まってきた。ふと、許某が背後を振り向くと、自分が入ってきた門の側に、そのコートがニンゲンのように立っていて、中を覗き込んでいたのが、見えた。

「あそこにいた!」

駭呼同寓、始倒地。

駭きて同寓に呼ばうに、始めて地に倒る。

驚いて下宿人らに声をかけると、(彼らの目の前で)そのコートはゆらりと地面に倒れたのである。

「確かに生きた人間のように立っていた。これは変だぞ」

下宿人たちがそのコートを細かく調べてみると、

領縁有血漬。疑罪人着以就刑者。

領縁に血漬有り。疑うらくは罪人の着て以て刑に就くものか。

えりのまわりに血の染みがあった。もしかしたら、罪人がこれを着て、首斬りの刑を受けた古着だったのかも知れない。

もちろんこの騒ぎのときも、同宿の湯用中は自分の目で一部始終を見たのである。

コートが生きた人間のように立つのは、よくあることなのだ。

しかし湯用中は首をひねった。

胡袍確係新製、不知為何物所憑。

胡袍、確かに新製に係る、知らず、何物の憑(よ)るところたるかを。

「(許のコートは死刑囚の怨念が残っていたと推定されるが)胡のコートは、確かに新品だった。いったいあれには何が憑りついていたというのだろうか」

つまり、新品であっても上着は何かにとりつかれている可能性があるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・

清・湯用中「翼駉稗編」巻五より。ああ、服はコワいなあ。新聞紙を服の中に詰め込んで冬の服にするのが一番安心である。新聞取ってないけど。

 

次へ