平成30年9月20日(木)  目次へ  前回に戻る

西洋中世の月夜にうごめくぶたデビル、もぐデビル、ひよこデビル。邪悪な心に満ち満ちた彼らだが、やる気はあまりないので実害が無いのが不幸中の幸いである。今もヨーロッパにはこんなやつらがいるのであろうか。

ぼけーとしているのが一番幸せなんですが、ときどき読書もしています。主として現実から逃げるために。

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しかし、本ばかり読んでいてはいけません。

読万巻書、行万里路。

万巻の書を読み、万里の路を行け。

万巻の書物を読め。万里のかなたまで旅をせよ。

というコトバがある。

確かに、読書と旅行はニンゲン性を完成させていくに当たって重要な要素であるといえよう。

二者不可偏廃、然二者亦不能兼。

二者は偏廃すべからざるも、然るに二者また兼ぬるあたわず。

読書と旅行の二者はどちらか一方だけをすればいいというものではないのだ。ところが、一度に両方ができるものでもないのである。

例えば、

老書生矻矻紙堆中数十年、而一出書房門、便不知東西南北者、比比皆是。

老書生の矻矻(こつこつ)として紙堆中に数十年ありて、一たび書房の門を出づるに、すなわち東西南北を知らざる者、比比にみな是あり。

老いた読書人で、コツコツと何十年も紙の山の中に過ごしてきたのですが、久しぶりで書斎の門から出てみると、どちらが東西南北かもわからなかった。こんなひとはたくさんいます。

また、紹興あたりの役所に詰めているひとには、

白髪長随、走徧十八省、而問其山川之形勢、道里之遠近、風俗之厚薄、物産之生植、而茫然如夢、亦比比皆是也。

白髪の長随にして、十八省を走徧するも、その山川の形勢、道里の遠近、風俗の厚薄、物産の生植を問うも、茫然として夢の如き、また比比にみな是あり。

白髪の小使いさんで、チャイナ全土をあまねく赴任して走り回ったが、各地の山や川の地勢、町や村の間の距離、ひとびとの風俗が重厚か軽薄か、物産品の数量などについて質問してみると、まるで夢を見ていたかのようにぼんやりとしている、こんなひともたくさんいます。

―――このように困難な読書と旅行の両立については、我が清朝初期のひと、魏叔子というひとにこんな意見があるので、紹介しておきましょう。

人生一世間、享上寿者不過百歳、中寿者亦不過七八十歳。

人生一世の間、上寿を享くる者も百歳に過ぎず、中寿者もまた七八十歳に過ぎず。

ひとの一生は、一代の間、すごい長寿を享受できたとしてやっと百年ちょうど、かなりの長寿でも七十歳から八十歳程度である。

除老少二十年、而即此五六十年中、必読書二十載、出遊二十載、著書二十載、方不愧読万巻書、行万里路者也。

老少の二十年を除きて即ちこの五六十年の中、必ず読書二十載、出遊二十年載、著書二十載して、まさに「万巻の書を読み、万里の路を行け」なるものに愧じざらん。

このうち、コドモのころと老いて活動できなくなる期間、合わせて二十年を除くとすると、五十年から六十年が活動期間として残る。この間に、書を二十年間読む。二十年間は外遊する。あと二十年はそれまでの知識と経験に基づいて著述する。必ずこうであれば、「万巻の書物を読め、万里のかなたまで旅をせよ」というコトバに外れることがない、といえよう。

うーん。こんなにうまくいくといいんですが、おそらく・・・。

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清・銭泳「履園叢話」二十三より。なんでうまくいかなさそうと思うかというと、ニンゲンたる者、どんな計画でも絶対途中でサボるであろうという自信があるからですね。

「万里の路を行く」ことは大切です。本日、この数か月ひいひい言って取り組んでおりました岩倉使節団の「米欧派遣実記」をようやく読了しました。岩波文庫で五冊。長かった。しかしたいへんオモシロく、米欧の紳士たちが婦人に下男のように仕える姿に驚いたかと思うと、売春婦や売春宿を適確に観察し、「集画院」に行ったら淫猥な絵ばかり飾られている!なんじゃこれは!・・・だけでなく、全裸の女性をみんなで写生している! 

怪しからんッ!

もちろん政治制度、地理、特産物、鉱工業・農業技術、軍事などよくぞこんなに勉強した、というほど勉強してきているのですが、見事な風景描写(例えば南ドイツの中世からの街並みとか)と、「なんだこれは。怪しからんッ!」という元サムライたちの憤慨とが、あちらこちらに散らばっていて、すばらしいブンガク作品でした。おいらもヨーロッパ行ってみたいなー、というキモチにさせられた。読み終わったのでしばらく「米欧派遣実記」ロスに陥ってしまいそうである。ともかくも、完全に老いてしまう前にこの書物に出会えてよかった・・・ようにさえ思います。
中身は漢字カタカナ交じり。涙が出たが、ついに読了。(肝冷斎アトリエにて撮影)

 

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