平成30年4月10日(火)  目次へ  前回に戻る

例えば海には、かめ人間、人魚(ジュゴン)、カッパ、タコやろうなど、おそろしいナゾのドウブツがうごめいている。このようなおどろおどろしい世の中で正気を保っているにはどうしたらいいのだろうか。

わーい、平日二日も過ぎました。あと三日だ。

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清の時代のことなんですが、孫子瀟先生がまだ若いころ、

偶於城外夜行、地甚幽僻。

たまたま城外において夜行するに、地はなはだ幽僻なり。

あるとき、予定外に郊外の地を夜中に歩くことになってしまった。そのあたり、たいへんさびしいところであった。

「真っ暗になってしまいましたよ」

闇の中をとぼとぼ歩いていると、前に何かいるぞ。

「なんですかね」

ぼんやりとした灯りのように見えるが、近づいていくと、だんだんはっきりしてきました。

見一女郎、紅衣白裙、手携一燈、在前緩行。

一女郎の紅衣白裙なるが、手に一燈を携えて前に在りて緩行するを見る。

若い女性が一人、赤い上着に白いスカートをはいて、手には燈火を一つ提げて、彼の前をゆっくり歩いているのだった。

「うーん・・・」

こんな夜中に女性が一人歩いてる、というのは、絶対に変なんです。しかしそいつはすごいゆっくり歩いているので、どうしてもどこかで追いついてしまう。

孫先生は意を決して、少しを歩を速めると、そいつに背後から声をかけた。

「こんな夜道にもうしわけありません、火を貸してもらえませんか」

そいつはゆっくりと振り向いて、孫の前に燈りを差し出した。

「ありがとうございます」

就其火吸烟。屢吸而烟不燃。

その火に就きて烟を吸う。しばしば吸うも烟燃えず。

その燈火を借りてキセルに火をつけようとしたのだが、何度吸い込んでもタバコに火が点かない。

「変ですね」

と言いながら女性の顔を覗き込むと、

面如紙灰、惨憺模糊、不類人状。

面は紙灰の如く、惨憺模糊として人の状に類せず。

「惨憺」(さんたん)は「ひどい状態」という意味のほかに「薄暗い」という意味があります。「模糊」(もこ)はぼんやりしている様子。

顔は紙が燃えた灰のようにかさかさと白く、じっと見つめてもなんだか薄暗くてぼんやりしていて、どうも人間の顔のようには見えない。

「うーん・・・」

孫先生はしばらく女性の顔を見つめていてから、突然、

「ごめんなさいっ」

と叫ぶと、

攫其燈亟行。

その燈を攫いて亟(すみや)かに行けり。

女性の持っていた燈火をひっつかんで、すごい勢いで逃げ出した。

背後から、何かを擦り合わせたような甲高い声で、

女呼曰、孫秀才将何往。

女呼びて曰く「孫秀才いずこに往かんとす」と。、

女が、「孫秀才、どこに行こうとするんだい?」と呼びかけてきた。

名乗ってもいないのに何で名前がわかるんでしょうか。

孫は後ろも振り向かずに走った。そのうち、前の方に茶店らしい家の灯りがちらりと見えた。孫は、そこに向かって、

竭力竄去。

力を竭くして竄去す。

全力で駆け寄ったのであった。

すると、

燈遽滅。

燈、にわかに滅す。

奪ってきた灯りはふっと消えてしまった。

後ろを振り向いても誰もついてきてはいないようである。

「ふう」

店の前で一息ついていると、店のひとが目を瞠りながら声をかけてきた。

「おまえさん、何を持ってるんだね?」

「え?」

所持人指骨一節而已。

持つところは人の指骨一節のみ。

手に持っていたのは、一本のひとの指の骨であったのだ。

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翼駉稗編」巻一より。タヌキやキツネに騙されたときは、タバコを吸うと正気に戻る、といいます。世を上げてタバコを禁じるこの国では、タヌキやキツネのようなものたちが騙し放題なのであろう。

 

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