平成29年1月24日(火)  目次へ  前回に戻る

ぶたはとんこつラーメンを、アンコウはあんこう鍋を食べているのかも知れない。ならばわれらニンゲンは・・・。

今日も寒い。こんな日に家も無く道ばたで寝ている人もいるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

唐・文宗の開成四年、といいますから西暦では839年の秋のことだそうですが、長安のはずれ杜陵の名門・韋氏一族の青年が別荘から家に帰る途中に、日がっとっぷりと暮れてしまったそうなんです。腹も減ってきたし、

「困ったなあ」

と思っていると、

見一婦人素衣、挈一瓢、自北而来。

一婦人の素衣し、一瓢を挈(も)ちて、北より来たるを見る。

女性が一人、白い服を着て、手には瓢箪を持って、北の方からやってくるのが見えました。

「こんな時間に珍しいことだ」

と思っていますと、その女性は近づいてまいりまして、

「韋家の若様ではありませんか」

と声をかけてきた。

なかなかの美人である。

(さて、こんなひと知らないなあ・・・)

と思いまして、

「あなたはどなたですか」

と訊ねますと、

妾居邑北里中、有年矣。

妾は邑の北里中に居りて、年有り。

「わらわは郡の北の村に、長いこと住んでいるんですわ」

と答えて、さらに続けて言うには、

「わらわの家は決して裕福ではありませんが、村長(「里胥」)に目を着けられて、「本当は裕福であるのにそれを隠し、納めるべき税金を納めていない」とお上に訴えられてしまったんです。反訴しようと思ったのですが、家に文字の書ける者がおりません。それで悩んでおりましたところ、幸いなことに、こんなところで若様にお会いすることができました。若様は文章がお書けになります。どうぞ、「この女は無実である、話を聞いてやってくれ」と一筆書いていただけないでしょうか。それだけでいいのでございます・・・」

妾得以執詣邑長、冀雪其恥。

妾は得て以て執りて邑長に詣り、冀わくばその恥を雪がん。

「わらわはそれだけ書いていただけましたならば、その書状を持って郡長のところに行き、思う存分に論じて、訴えられた恥を雪いで来たい、と思うんです」

「それだけでいいんですか。わかりました」

韋が引き受けると、女性は

「ありがとうございます」

と言いまして、

「でも書いていただく前に、一献差し上げとうございまする」

と、

座田野、衣中出一酒卮。曰瓢中有酒、願与吾子尽酔。

田野に座し、衣中より一酒卮を出だす。曰く、「瓢中に酒有り、願わくば吾が子と酔いを尽くさん」と。

野原に席を設け、衣の中から一枚の大きな盃を出して来まして、言うには「瓢箪の中にはお酒が入っております。さあさあ、一緒に飲んで酔っ払いましょう」と。

注酒一飲韋。

酒を注ぎて韋に一飲せしむ。

瓢箪から大盃になみなみと酒を注ぎまして、韋に飲ませようとした。

「これはこれは・・・。書く前に飲んじゃっていいんですか」

「どうぞ、どうぞ」

と女はほほ笑むのでございました。

韋方挙卮。

韋まさに卮を挙げんとす。

「うっしっし、ではいただきますよ」

韋がさかずきに口をつけようとした―――まさにそのとき、

会有猟騎従西来、引数犬。

猟騎の西より数犬を引きて来たる有るに会す。

狩猟姿の騎馬兵が、西の方から数匹の犬を牽いて近寄ってくるのが見えた。

婦人望見、即東走。

婦人望み見て、即ち東走す。

女はそれを見て、

「ああ、もう来ちまったよ、あいつら!」

と言うや即座に東の方に向かって逃げ出していってしまった。

「あ、おいおい、どうしたのだ?」

韋大恐、視手中卮、乃一髑髏、酒若牛溺之状。

韋、大いに恐れ、手中の卮を視るに、すなわち一髑髏にして、酒は牛溺の状のごとし。

韋はたいへんびっくりして、手に持ったさかずきをよくよく見てみると、なんと! それはドクロであった。注がれた酒はどう見てもウシの小便である。

「うひゃあ」

ドクロを取り落としたとき、近づいてきた騎馬兵から、

「おい、おれは天兵だが、小狐を見なかったか」

と問われたので、

「あ、あちらへ・・・」

と東の方を指さすと、兵は猟犬たちを連れて後を追って行った。

(狐であったのか・・・)

韋はそれから熱を出して寝込んでしまい、ひと月余りしてからようやく癒えた、ということである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

唐・張読「宣室志」巻十より。こちらを参照すると、さらに勉強が深まります。→「白衣婦人」

これは秋のことだからよかったけど、これが今晩だったらもう韋の若様は凍え死んでるんではないか・・・と思います。というぐらい本日は寒い。

なお、本日、吉田松陰先生の「講孟余話」を読了。これはオモシロかった。ニンゲンとの付き合いは無いので、どうぶつや両生類にでも「ここがオモシロかった」と語ろうと思ったが、寒くてみんな冬眠中である。しかたないので、壺の中に向かって話して、春になるまで床下に埋めておきます。

 

次へ