平成28年7月3日(土)  目次へ  前回に戻る

←あちー、あちー、でキュッパッパ。ゲコー。

今日は猛暑日。いよいよ夏が来たのだ。

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あちー。あちー。

溽暑蒸人、如洪炉鋳剣、誰能躍冶。

溽暑ひとを蒸すこと、洪炉に剣を鋳るがごときも、誰かよく躍冶せんや。

すごい暑さがひとを蒸し蒸しにするのは、大きな溶鉱炉でドロドロにした鉄から剣を鋳だすようなものですよ。

古代、名工・干将とその助手にして妻なる莫也のふたりは、剣を鋳るのに命をかけて、どろどろ溶けた炉の中に身を投げ、その肉と霊は鉄と一緒になって溶鉱炉から躍りだし、おのずと二振りの剣になった、と申しますが、

この真夏の溶鉱炉からは、誰も元気に飛び出すなんていうことはできませんよ。

こんなときは、

須得清泉万派、茂樹千章、古洞含風、陰崖積雪。

すべからく得べし、清泉の万派し、茂樹の千章をなし、古洞の風を含み、陰崖に積雪あるを。

なんとかして、きよらかな泉が万の流れに分かれて行くかたわら、木々は千重にも葉が茂って日光をさえぎる中をさまよい、原始の時からそこにある洞穴を見つけたいものですよ。洞穴からは涼しい風が吹き出してくる。その穴を潜り抜けると、そこは日の当たらぬ山陰で、その断崖のあちこちには、まだ冬の雪が残っていたりするんですよ。

むひひ。

涼しそうだなあ。

あるいは、

空中楼閣、四面青山。

空中の楼閣、四面に青山あり。

空にそびえ立った楼閣の一番上の階から、四方の山々を見下ろす。

雲からそよぐ風が心地よいでありましょう。

あるいは、

鏡裏亭台、両行画鷁。

鏡裏の亭台、両行の画鷁(がげき)あり。

鏡のような湖の真ん中のあずまやから、二隻の鷁(ゲキ)を飾った美しい舟を見る。

「鷁」(ゲキ)は水鳥の一種ですが、水に溺れることがないことから、水難除けに、船首にこの鳥の像を取りつける。平安貴族の邸第の池に浮かべられていたのが「龍頭鷁首」の船でございました。

水面から涼しい風が吹いてくることでございましょう。

そんなところで、

湘簾竹簟、籐枕石床。

湘の簾、竹の簟、籐の枕、石の床にあり。

湘の地方の斑竹で作ったすだれをかけ、竹のむしろを敷き、籐を編んだ枕をして、涼しい石のベッドに寝っ転がるんですよ。

ああ、いいなあ。

こうなると、ぶうすかと昼寝しはじめて、

栩栩然、蝶歟、周歟。吾不得而知也。

栩栩然(くくぜん)として、蝶か、周か。吾、得て知らざるなり。

「栩」(ク)は本来は「クの木」すなわち和語の「くぬぎ」のことなのだそうですが、ここでは蝶がひらひらと舞う姿を現すオノマトペ。

ひらひらと、蝶が本体なのか、わたし(荘周)が本体なのか(、と迷った荘子のように)、夢の中にいるのか目が醒めているのか・・・もうわからない。

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というようなシアワセもあるというのに、明日からは出勤でまた修行しなければならないのである。

ちなみに上の文章は明・衛冰の編になるアンソロジー「枕中秘」中の無名氏「閑賞」より「夏」の項。「明人小品集」所収。

 

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