平成27年3月21日(土)  目次へ  前回に戻る

(・細かい指示されてもできない。・大まかな指示だとしない。)

お彼岸の中日ですから、親類一同集まって、法事しながらこのHPを読んでいる一族もおりましょう(←いないと思いますが)。今日はタメになるお話でもいたしましょうかのう。

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孔子の弟子の一人、宓子賤(ふく・しせん)が亶父(たんぽ)の町の令(知事)をしていたとき、それまで大まかな方針をお示しになるだけであった魯公さまから、突然治政についていくつか細かい指示が送られてくるようになった。

「何かあったのかちらね?」

都におります孔門の同志たちに問い合わせてみると、どうやら子賤のやり方について、不安と不満を持つ輩がいて、いろいろ魯公に讒言したらしい。

「なーるほど」

事情を知った子賤は、魯公に、「近侍の者を二人、視察のために派遣して欲しい」と請うた。

早速二人の使者がやってまいりまして、子賤とその部下たちは拝謁いたしました。

「どうもごくろうさまでっちゅ。どうぞこの書面のここに、おいらたちと面会いただいた証明に署名ちてくだちゃいな」

と証明書を出しました。

「わかりましてございます」

吏方将書。

吏、まさに書せんとす。

使者たちは筆を執って署名しようとした。

その時、子賤、そばにいた自分の部下に何やら目配せした。

すると、「あい」と返事して部下の者二人が進み出、ニヤニヤしながら

従旁時掣揺其肘。

かたわらより時に掣(せい)してその肘を揺るがす。

側から、ちょうど字を書こうとした使者の肘をつかんで、それをゆらゆらと動かした。

「わわわ」

「そんなことをしたらうまく書けませんよ」

吏書之不善。

吏、これに書するに不善なり。

使者の署名が歪んでしまい、うまく書けなかった。

すると、

宓子賤為之怒。

宓子賤、これがために怒る。

子賤、これを見て、大いに怒った。

怒った相手は二人の使者である。

「大事な証明書にこんな歪んだ署名をするとは、どういうことでちゅか!」

「な、何をおっしゃる」

「あ、あなたが部下に指示して肘を動かさせたせいでうまく書けなかったんではないですか」

しかし子賤は怒ったまま、

「どう責任を取ってくれるんでちゅか!」

と怒鳴った。

まわりの部下たちはみなニヤニヤと笑っているばかり。

吏甚患之、辞而請帰。

吏、はなはだこれを患い、辞して帰らんことを請う。

使者たちはたいへん困ってしまい、もう都に帰らせてくれ、と請うた。

「そうでちゅか」

子賤は、

子之書甚不善。子勉帰矣。

子の書、はなはだ善からず。子、勉(すみや)かに帰れ。

「あなたちゃまの字はへたくそでちたねー。これでは証明書にはなりません。さあさあ早く帰りなちゃれ」

と言いまして、とうとう証明書をくれなかった。

二吏帰報於君、曰宓子不可為書。

二吏、帰りて君に報じて曰く、「宓子、書を為すべからず」と。

二人の使者は帰って、魯公に報告して申し上げた。

「(確かに行ってまいりましたが)宓知事さまのところからは到着を証明する書類はいただけませんでした」

魯公はお訊ねになった。

「どうしてかな?」

使者は答えた。

宓子使臣書、而時掣肘揺臣之肘。書悪而有甚怒。吏皆笑宓子。此臣所以辞而去也。

宓子、臣らに書せしむるに、時に肘を掣して臣らの肘を揺るがす。書悪にして甚だしく怒る有り。吏、みな宓子を笑えり。これ臣の辞して去るゆえんなり。

「宓知事は、わたくしどもに署名を命じておいて、ちょうど字を書こうとしたときに側からわたくしどもの肘をつかんで、ゆらゆらと動かさせたのです。このため字が歪んでうまく書けませんでした。知事はそれを大いにお怒りになられ、部下の者どもはその知事の姿をニヤニヤして見ているばかり。とうとう証明書はいただけず、わたくしどももこれ以上滞在してもどうしようもない、と思って帰ってきたのです」

魯君太息而歎曰、宓子以此諌寡人之不肖也。

魯君、太息し歎じて曰く、「宓子、ここを以て寡人の不肖を諌むるなり」と。

魯公は「ああ、なるほど」と大きなため息をつきまして、

「宓先生はそれによってわたしのオロカなところを忠告してくださったのだなあ」

と言った。

そして改めて使者を発して、宓子賤に命じて曰く、

自今以来、亶父非寡人之有也、子之有也。有便於亶父者、子決為之矣、五歳而言其要。

「今より以来、亶父は寡人の有にあらざるなり、子の有なり。亶父に便有るものは、子決してこれを為し、五歳にしてその要を言え」

「これからは、亶父の地はわしの領土ではなく、あなたの領土です。亶父にとっていいと思われることは、あなたが勝手に決めて執り行ってください。五年経ったときに要点だけ御報告いただければ結構です」

と。

宓子敬諾。

宓子、つつしんで諾す。

宓子賤はうやまいつつしんでこれを承諾した。

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「呂氏春秋」巻十八「具備」篇より。

「肘を掣す」(ひじをつかむ)、「掣肘」の典故でございます。タメになりましたねー。そうか、肘をつかんで動かすと字が書けなくなるんだ。うまく考えたなあ。

・・・さて、こうやって全権委任された亶父の治政がいかが相成りましたか―――につきましては、次回のお話といたしとうございます。

 

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