平成26年9月3日(水)  目次へ  前回に戻る

←太平の世は善のココロで生きよう。

太平の世なのにちょっと疲れまちたね(体重は増)。あと二日・・・。心の安らぐいいひとのお話でも。

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戦国の時代、斉の田忌(でんき)は孫臏を軍師として用いて梁に勝利を収めたのですが、いろいろあって政争に敗れ、

亡斉而之楚。

斉を亡じて楚に之(ゆ)く。

斉から楚の国に亡命した。

斉においては反対派閥の鄒忌(すうき)が宰相となって政権を握ったが、

恐田忌欲以楚権復於斉。

田忌の、楚の権を以て斉に復さんとするを恐る。

田忌が楚の力を借りて斉に戻り、政権を奪い返そうとすることを恐れていた。

杜赫(とせき)という説客あり、鄒忌の不安を聞いて、

臣請、為君留之楚。

臣請う、君がためにこれを楚に留めん。

「ふほほ、おゆるしあればやつがれが、殿のために田忌めを楚から出られないようにして進ぜましょうぞ」

と請け合ったので、鄒忌は杜赫に莫大な金品を与えて、楚の国に送り出したのであった。

杜赫、楚に到着すると楚王に面会して、まず

「斉の宰相・鄒忌は怪しからんやつでございます。ことごとに楚王さまの意に逆らって、楚の国の発展を邪魔しようとしておりまする」

と鄒忌のことを悪しざまに言った。

楚王、

「斉の宰相が我が国に対して反感を持っているのは困ったことだと思っている。斉から亡命してきた田忌どのの後押しをして斉に復帰させ、政権を奪取させられれば、斉も我が国に友好的になってくれるかと思うのじゃが・・・」

「それ、それでござるよ」

杜赫は膝をにじにじとさせて、王ににじり寄った。

「田忌どのの評判は斉でも高うございますからな・・・。ただ、やつがれは王さまのためには少し別のことを考えてござる」

「ほう? どんなことじゃ?」

「やつがれ如きオロカな山出し者の考えたことで王さまのお耳をお汚ししていいものやら・・・」

「よい。言え」

「ははっ」

杜赫畏まって答えて言うに、

鄒忌所以不善楚者、恐田忌之以楚権復於斉也。

鄒忌の楚に善からざる所以のものは、田忌の楚の権を以て斉に復さんことを恐るるがためなり。

「鄒忌どのが楚に友好的でないのは、実は楚が田忌どのに力を貸して、斉に復帰させ、政権を奪い返させようとするのではないか、と恐れているためなのでござる」

「ほう」

「そこで・・・

王不如封田忌於江南、以示田忌之不返斉也。

王、田忌を江南に封じ、以て田忌の斉に返さざるを示すにしかざるなり。

王さまにとっては、田忌どのに(斉とは反対方向の)長江の南の方の領地をお与えになって、田忌を斉には返さない、という意志を明確にされるにこしたことはない、と存じまする。

そうすれば、

鄒忌、以斉厚事楚。田忌亡人也、而得封、必徳王。

鄒忌、斉を以て楚に厚く事(つか)えん。田忌は亡人なり、而して封を得ば、必ず王を徳とせん。

鄒忌は楚に友好的でない理由が無くなりますから、斉の国の政権担当者として楚にあつく友好的に振る舞うこととなりましょう。一方、田忌どのは亡命者でございます。その亡命者が領地をいただくのですから、田忌どのは必ず王さまに篤い恩義を感じることでございましょう。

ところで、

若復於斉、必以斉事楚。

もし斉に復せしむれば、必ず斉を以て楚に事えんのみ。

もし田忌どのを楚に復帰させて政権を奪い返させれば、田忌どのは必ず斉の国の政権担当者として楚にあつく友好的に振る舞うことでございましょう。

しかし、それだけのことになります。

此用二忌之道也。

これ二忌を用うるの道なり。

わたくしが申し上げたのが二人の「忌」をうまく利用する方法。

それとも一人の「忌」のみを利用されるのか。とくとお考えいただくべきかと存じまする」

「ふむ・・・考えておこう」

結局―――

楚果封之於江南。

楚、果たしてこれを江南に封ず。

楚王は田忌に、江南に領地を与えることにした。

杜赫は楚王からも褒美をもらい、斉に帰っていった。

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「戦国策」巻四・斉策上より。

ウィン・ウィン、いや、ウィン・ウィン・ウィンの関係になったのですから、杜赫さんの提案はすばらしい提案だったのだ。こんな提案をするためにわざわざ楚の国まで行くなんて、杜赫さんはいいひとだなあ。

 

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