平成26年5月30日(金)  目次へ  前回に戻る

 

一週間終わった! わははは。わははは。

まるで魔法にかかったように(あるいは魔法から目覚めたか)、昨日までとはまったく別人のような、元気なすがたを見せる肝冷童子ちゃんなのでちた!

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明の嘉靖年間(1522〜1566)のはじめごろ、のことだそうでございます。

湖南・桃源の鄒渓という町に、旅の一座が巡業に来たのだそうでございます。

搬戯歌舞倶佳、市人交誉之。

搬戯・歌舞ともに佳、市人こもごもこれを誉む。

「搬」は「はこぶ」「うつす」、(芝居を)「演じる」の意。日本語で「狂言を回す」の「まわす」に該たることば。

お芝居も歌舞もたいへん上手なので、町のひとたちはみなこの一座を褒めそやしていた。

技術もすばらしいが、舞台の俳優たちのこがね・しろがねの飾りや派手な衣装がまた評判を呼んでいた。

一夜、市人尽出衣飾、値百金、付優伶、令搬戯。

一夜、市人ことごとく衣飾の値百金を出だし、優伶に付して戯を搬(おこ)なわせしむ。

ある宵のこと、町の有力者たちがすべてのお金を醵出して、黄金百枚の値段の衣装と飾り物を揃え、これを俳優たちに付けさせて、芝居をやらせることとなった。

演し物が次々進み、

搬至四鼓、議演蟠桃慶寿。

搬いて四鼓に至り、「蟠桃慶寿」を議演す。

第四番目の演し物に、「蟠桃慶寿」というのを上演した。

「蟠桃」(ばんとう)は天界にある西王母さまの宮殿の庭に成るという桃で、これを食べるとたいへんな長寿を得るというもの。「蟠桃慶寿」は呂洞賓らの八人の仙人(いわゆる「八仙」※)がこの桃を盗み採るために海を渡り、いろいろな冒険の末に首尾よく入手して、持ち帰ってみなさんに御配りいたしまーす、といってお菓子などをばらまく、客席も巻き込んだめでたいお芝居である。※「八仙」についてはさしあたり、この回の中の「東遊記」の解説を参照のこと。

置一大甕于戯場中央、生旦外浄等装為八仙、以次入甕、曰下海取蟠桃也。

一大甕を戯場の中央に置き、生旦外浄ら装いて八仙と為り、次を以て甕に入り、曰く「下海して蟠桃を取る」と。

大きな甕を一つ、舞台の中央に置いて(これを船に見立て)「海を越えて蟠桃を採りに行ってまいりまするー」と称して、生(主人公の男役)、旦(主役の女形)、外(脇役(男))、浄(悪役)など、みんなきらびやかな八仙の装束を着けて、次々にこの甕の中に入って行った。

「行ってきまーす」

「待っててねー」

「とってまいりますぞ」

「ふん、なんでおれがこいつらと一緒に・・・。ま、いいか」

などと一人一人観客席に手を振ったり肩をすくめてみせたりしながら入って行く。

観客は「わはは」「おほほ」「いいぞー」「がんばれー」と一人一人に声をかけながら楽しく見ていた。

俳優たちは全員が甕に入って行った・・・・・・。

ところが―――

良久不出。

やや久しくするも出でず。

かなり時間が経ったが、その中から誰も出て来ない。

客席はちょっとざわざわしはじめた。

舞台には

止余司鼓板者二人。

ただ鼓・板を司どる者二人を余すのみ。

太鼓たたきと拍子板の係、二人だけしか残っていない。

この二人、にこにこしながら、

「おいおい、お客さまがお待ちだぞ、とな」

「やれやれ、役者どもが怠けるから、太鼓と拍子板の係であるわしらも芝居に加わらねばならんとは、とな」

とおどけながら舞台中央に出てきた。

観客は何かの仕掛けがあるのだろう、と二人の姿にまた笑った。

二人は甕に向かって、おどけたしぐさで声をかける。

若輩奚不出。得無偸桃為王母執耶。

なんじら輩なんぞ出でざる。桃を偸み得る無くして王母に執られたるや。

「おまえたち、どうして甕から出てこないのじゃ? まさか、桃を盗むのに失敗して、西王母さまに捕まってしまったのではないじゃろか?とな?」

(観客)わははは。

余往視之。

余、往きてこれを視ん。

「さてさて、わしらも行って状況を見てまいろうではないか、とな」

(観客)わははは。

二人は

持其鼓板亦入甕。

その鼓・板を持してまた甕に入る。

太鼓と拍子板を持ったまま甕の中に入って行った。

これで舞台には誰もいなくなった。

(観客)わははは。

しばらく経った。

甕からは誰も出て来ない。

しばらく経った。

竟不出。

ついに出でず。

いつまで経っても、誰も出て来ない。

さすがに観客もしらけてしまい、

「いったいどうなってるんだ!」

と荒れ始めた。

「もうがまんならん」

数人が舞台に登り、

取甕。

甕を取る。

大甕に手をかけて転がした。

だが・・・

視之無所有。

これを視るに有るところ無し。

甕の中を覗いて見ても、なんにも入ってなかったのである。

「いったいどこに行ったんだ―――!」

その宵の芝居は混乱のままに幕を曳く者も無く終わってしまったが、この一座、

竟不知所之。

ついに之(ゆ)くところを知らず。

とうとうその行方、誰にもわからなかった。

という。

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明・江盈科「聞紀」より。江盈科が祖父から聞いたことだ、ということですから、絶対のほんとの真実にほんとうのことであろう。

わははは。わははは。

おいらも今からこの甕に入るよ。長いことお世話になりました。とな。いずれにせよ明日は所用により更新いたしません。とな。

 

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