平成26年2月28日(金)  目次へ  前回に戻る

←春がくる?

ついに二月も末になりました。そろそろ暖かくなってきて、「寒冷斎」もおしまいか。おしまい、といえば、今日は昼間糖分のコントロールを失ったのであろうか、頭がぐるぐるしてあやうく倒れるところでした。ほんとにおしまいになりそう。

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さてさて、今日は先週の金曜日、21日の日録の続きになります。

明代16世紀半ばごろの実用的な「幻術」について。

・・・・旅人、とある村に至った。

村の中央の広場にある井戸の側でぼんやり休んでいると、若い女性が広場にやってきて、

以麥置磨、剪紙為驢。

麥を以て磨に置き、紙を剪りて驢を為す。

ムギを共用の臼の穴に入れると、持ってきた紙をはさみでチョキチョキとロバの形に切った。

それから女は何やらぶつくさと呪文を唱えて、

「えいや」

と印を切った。

ぼううううん。

あら不思議、紙の驢馬はほんものの驢馬に変じた。

その驢馬は

運磨得麺。

運磨して麺を得たり。

広場をぐるぐると回って石臼を挽き、麦から麦粉を作った。

麦粉が出来上がると、女、

旋復収驢入袖。

旋(たちま)ちまた驢を収めて袖に入る。

ひょい、と驢馬をつまみあげ、袖の中に入れてしまった。

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しばらくすると、村童が牛・羊・驢馬・馬などのドウブツを引き連れてやってきた。

「こぞう、どこに行くんだい?」

「村の外の原野に放牧に行くのでちゅう」

そこで旅人も休憩を終えて、この村童と一緒に村を出ることにした。

村童は村の外の草原までやってくると、ドウブツたちを放し飼いにしたが、ただ

聚沙土以指周施画一大圏。

沙土を聚め、指を以て周施して一大圏を画く。

ぱらぱらの砂を集めてきて、それを指でつまんで落としながら、大きな円い輪を描いたのであった。

すると、

畜処其中。

畜、その中に処る。

ドウブツどもはその輪から外には出ていこうとせず、ゆっくりと寝そべっているのであった。

「どうしてドウブツどもはこの輪から出て行かないんだ?」

と問うたが、村童は

「安全だからに決まっているではありませんか。おじたまもしばらくこの中にいるといいでちゅよ」

とにこにこしているばかり。

そのうち、

童亦酣睡。

童また酣睡す。

村童もぶうすか眠ってしまった。

しばらくすると、おそろしげな唸り声が聞こえてきた。

「な、なんだ?」

有虎狼至此。

虎・狼ここに至る有るなり。

美味そうなドウブツを狙って、トラとオオカミがやってきたのだ。

「あわわ」

しかし、ドウブツはゆっくり寝そべったままであり、村童もぶうすかと眠ったままである。

トラとオオカミは、

惟蹲踞環繞於外、垂涎而已、不能入圏也。

ただ蹲踞して外に環繞し、垂涎するのみにして圏に入るあたわず。

輪のところまで来ると、そこから入ってくることができないらしく、そのまわりにうずくまってヨダレを垂らしているばかりであった。

やがて、日が傾き始めた。

「むにゅにゅ〜ん」

とアクビをしながらようやく村童は起き出し、トラとオオカミを目にすると、

「おまえたちはもう帰りなちゃい」

と命じて、ぱちんと指を鳴らした。

すると、トラとオオカミはすごすごと山中に帰っていったのである。

それから村童は

「おじたまはこの輪の中にたっぷりいまちたから、やつらは次の村までは襲ってこれませんよ。おいらと一緒に輪から出て、安心して出かけてくだちゃい」

と旅人に告げ、

開画安然而帰。

画を開きて安然として帰る。

輪の一か所を開くと、そこからドウブツどもを引き連れて、ゆっくり村に帰って行った。

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そのころまでは、

若是之類、皆以為常、不可勝紀。

かくのごときの類、みな以て常と無し、紀するにたうべからず。

この程度のことはまったく普通に為されていたのであり、記録し切れないほどであった。

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ほんとかな。

明・祝允明「志怪録」より。

 

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