平成25年10月27日(日)  目次へ  前回に戻る

 

もうすぐ明日が来るよー。ニンゲンこわい。

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朱青雷というひとが教えてくれたことであるが、清のはじめのころ、

有避仇竄匿深山者。

仇を避けて深山に竄匿(さんとく)せる者あり。

仇敵に狙われるのを避けて深い山中に逃げ隠れていた者があった。

この人、月白く風清かな秋の晩に隠れ棲んでいる小屋から出て、好風景を楽しんでいたところ、ゆらゆらと動くガスのようなものを目にした。

それはだんだんと人のような形を為しながら、その人の方にやってくるのである。

鬼(幽霊・精霊)であった。

その人、大いに恐れて、そばにあった楊の木の根元にへたりこみ、じっとして動かないでいた。

しかし、

鬼忽見之。

鬼、たちまちこれを見る。

霊はすぐにその人に気づいた。

そして、耳からではなく、じかに頭の中に聞えてくるような声で、語りかけてきた。

君何不出。

君なんぞ出でざる。

―ー―こちらへ・・・出てきなされ・・・。

大いに震えながら、答えた。

吾畏君。

吾、君を畏るなり。

「お、おまえさんがおそろしうて・・・」

すると、霊は、ゆらゆらと蠢きながら言うた。

至可畏者莫若人、鬼何畏焉。使君顛沛至此者、人耶、鬼耶。

至りて畏るべきは人に若く莫く、鬼、何ぞ畏れんや。君をして顛沛にここに至らしむる者は、人や、鬼や。

―ー―ほんとうに怖ろしいのはニンゲンほどのものはござるまい。われら精霊など何が怖ろしいものか。おまえさんがすべてを投げ捨ててここまで逃げてきたのは、ニンゲンのせいだったのかな? それとも幽霊のせいだったのかな? ひっひひひひ・・・・・

ひひひひひ・・・・・と嗤いながら、霊は霧のように消えて行った・・・。

「顛沛」(てんぱい)は「論語」にも出てくる古い言い方で、「大慌て」とか「咄嗟の際」というような意味です。

朱青雷のお話は以上。

わしは言った。

朱青雷よ。

此有激之寓言也。

これ、激する有るの寓言ならん。

「この話は、何か当てこすりたいことがあってのたとえ話なのだろう?」

朱青雷は、それを聴くと、

「ひひひひひ・・・・・」

と意味ありげに笑って、口をつぐんだ。

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清・紀暁嵐大先生「閲微草堂筆記」巻二より。ああ、鬼霊よりも怖ろしいニンゲン。明日は月曜日。社会という彼らの蠢く、その真っただ中に、わしのような弱いモノが入って行くのである。睨みつけられ、どやされ、小突き回され、嘲笑され・・・。精神状態がどんなことになるのか、火を見るよりも明らかではあるまいか。行くの止めた方がいいような気が・・・。

 

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