平成25年6月3日(月)  目次へ  前回に戻る

 

梅雨ですからむしむししますね。みなさまも、さわやかなお話でも聞きたいものでございましょう。

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清の康熙のころ、浙江・帰安出身の施氏兄弟、兄の施佐、弟の施佑はともに官に就いて州の長官となったほどの人であったが、官を辞めて帰郷すると、

以田産参差致隙。

田産の参差(しんし)を以て隙を致す。

田圃の不動産のわずかなことによって仲たがいを起こした。

まわりの人がそれぞれに諌めたが聞き入れることはなく、ついに訴訟沙汰になるところまでこじれてしまった。

そんなころ、たまたま、弟の施佑の方が用務あって舟行する途中、厳鳳という読書人と出会い、よもやま話をするうちに

語及兄奪産事。

語りて兄の産を奪うの事に及ぶ。

ハナシは「兄貴がわしの財産を奪いおったのだ」ということにも及んだ。

厳鳳はその話を聞くと、

「ああ!」

と嘆じ、突然目から大粒の涙をこぼしはじめ、曰く、

吾甚苦吾兄懦。使得如令兄之力、可以尽奪吾産。吾所願也。

吾は、はなはだ吾が兄の懦(だ)なるに苦しめり。令兄の力の如きを得せしむれば、以て吾が産を奪い尽くすも可ならん。吾が願うところなり。

「わたしは、わたしの兄貴があまりにも気が弱いので困っております。もしあなたの兄上のような強い精神力がうちの兄貴にもあれば、わたしの財産など奪い尽くしてしまうこともできましょうに。わたしは兄貴にすべて奪われてしまってもいいと思っておりますのに」

そして、

揮涕不已。

涕を揮いて已まず。

流れる涙は止まらず、彼はそれを拭い続けたのであった。

「おお!」

佑即感悟。

佑すなわち感悟せり。

施佑は即座に大いに感動し、気づくところがあった。

そのまま厳鳳を引っ張って、ともに兄の施佐のところに赴き、兄に厳鳳の言葉を告げ、

拝且泣、深自悔責。

拝しかつ泣き、深く自ら悔い責む。

兄に拝礼し、泣いて自らのこれまでの行為を深く反省し、謝罪した。

「うう!」

佐亦涕泗慰解、各以産相譲、遂友愛終身。

佐もまた涕泗して慰解し、おのおの産を以て相譲り、ついに友愛にして身を終う。

兄貴の施佐もまた涙とはなみずを流して仲直りし、争っていた財産についてお互いに譲り合い、その後は身を終えるまで仲良くあり続けた。

ということじゃ。

ひとびとはみな言うた、

厳以誠感、施以誠応。

厳は誠を以て感ぜしめ、施は誠を以て応じたり、と。

厳鳳は誠意によって人の心を動かし、施兄弟は誠意によってそれに応えたのだ、と。

そして、爾来約100年。

至今人楽談云。

今に至るも人、談ずるを楽しめり、と云う。

現代(清代中期)に至っても、ひとびとはこの話をするのがうれしくてしようがない、ということだ。

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おいらも今日は生きてこんなお話ができてうれしいです。明日はもう○ぬかも。しごとで。清・金埴「不下帯編」巻三より。

 

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