平成25年5月4日(土)  目次へ  前回に戻る

 

今日もありがたい教訓話じゃ。

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河南・蒙といえばもともと殷の国の領域だった。殷は周に滅ぼされたのでケイベツされており、周代から戦国にかけて、河南のひとびとは頑冥・愚陋の代名詞のように扱われておりましたそうです。

その蒙の人が、あるとき獅子の毛皮を着て郊外に行った。

そこで、トラと出会った。

「うひゃあ」

ところが、

虎見之、而走。

虎はこれを見て走る。

トラは(獅子の皮を着た)その人をじっと見つめ、それから逃げ去ってしまった。

「なんと! わしを見てトラが逃げ出すとは」

その人、

虎為畏己也、返而矜、有大志。

虎の己れを畏ると為し、返りて矜(ほこ)り、大志有り。

トラが自分を懼れて逃げ出したのだと思い、町に帰ってそのことをひとびとに吹聴し、大いに自信を抱いた。

自信を抱いて仕事をしたところいろんなことがうまく行き、ひとびとから尊敬されるに至ったのであった。

よかったです。

・・・・さて、またある日、このひと、

服狐裘而往、復与虎遇。

狐裘を服して往くに、また虎と遇う。

キツネの毛皮を着て出かけたところ、またトラと出会った。

虎立睨之。

虎、立ちてこれを睨む。

トラはこちらをじっと睨んでいる。

「わしほどの人間に対してその態度、怪しからん」

そのひと、

怒其不走也、叱之。

その走らざるを怒り、これを叱す。

トラが逃げ出さないのに頭に来て、トラを叱りつけた。

それでもトラが逃げないので、

「まだわからないのか」

と近づいて殴りつけようとした。

そしてついに

為虎所食。

虎の食らうところと為る。

トラに食い殺されてしまったのであった。

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明・劉基「郁離子」(瞽聵篇)より。その人が外面上の地位や財産だけで尊敬されたり、恐れられたりしているのなら、その外面が変れば誰も尊敬したり恐れたりしなくなるよー、ということぐらいみんな知っているから、こんなお話聞かなくてもよかったよね。

ところで、I波書店の本には近年、ひどい違和感を感じるので讀まないようにしているのですが、我が敬愛するフィールドワーカー鳥居龍蔵先生のことであるので「我慢して読んでみよう」と思って中薗英助「鳥居龍蔵伝」(岩波現代文庫2005)をがんばって読了しましたが、中薗先生(鳥居先生ではない)のあらゆる時代において日本が悪、というあくことなき嫌日感情にほとほとイヤになった。と思ったが、1995年ごろに雑誌「世界」に連載されたもの、という「後記」の記述を読んでなんだか納得。

 

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