平成24年11月16日(金)  目次へ  前回に戻る

 

ちょっと取り止めも無い話をしますよ。

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わたしはこのように聞いております。

称寿者不過百二十、過此不死為失帰祅怪。

寿を称する者も百二十を過ぎず、これを過ぐれば死せずして失帰の祅怪(ようかい)と為す。

長寿といわれる人でも120歳ぐらいが限界である。この世にはこれより長生きする人もいるが、その人はもう死なない。帰するべきところを失った妖しき怪物である。

しかし、実はそうでもないんです。

古代の長寿者である彭祖の言うに、

人之受気養之得宜常至百二十歳。

「人の気を受けてこれを養うに宜を得れば、常に百二十歳に至る。

ニンゲンが命をいただき、その根源の気を大切に養っていれば、ふつうに120歳まで生きるものなのじゃ。

さらに

小小暁道可得二百四十歳。加之可得四百八十歳。

小小道に暁(さと)れば二百四十歳を得べし。これに加うれば、四百八十歳を得べし。

少々修行して「道」を理解すれば240歳までは行く。もっともっと修行すれば480歳までは行くものじゃ。」

と。

すなわち、120歳以上になっても不死ではなく、死ぬものであるらしい。

インドの方では、

須弥山東天下名東弗于人寿三百歳。

須弥山の東の天下、東弗于(とうふつう)と名づけ、人寿三百歳なり。

シュミセン(シュメール山)の東側の世界は東フツウと呼ばれるが、この世界のニンゲンは300歳がだいたいの限界。

西側は西瞿耶尼(セイクヤニ)と呼ばれ、ここのニンゲンも300歳。

南側は閻浮提(エンブダイ)と呼ばれ、ここのニンゲンは100歳。(ここがわれわれの世界。)

北側は鬱丹(ウッタン)と呼ばれ、ここのニンゲンは1,000歳。しかも大きい。ほかの三天下の人の三倍の大きさ。

もともと閻浮提のニンゲンも、むかしむかしは48,000歳の寿命で身長は8丈(24〜25メートル)あったそうなのであるが、だんだん寿命が短くなり、

至人止十歳、身長一寸。

人は十歳に止まり、身長は一寸に至る。

ニンゲンの寿命は10歳、身長は3センチまで減る。

そこからまた恢復して、今ぐらいになっているのだそうである。

しかし、チュウゴクでも

古帝王盤古一万八千歳、天皇氏弟兄十二頭各一万八千歳、地皇氏十一頭各一万八千歳、人皇氏九頭分長九州合四万五千六百年。

古帝王の盤古は一万八千歳、天皇氏の弟兄十二頭、おのおの一万八千歳、地皇氏十一頭おのおの一万八千歳、人皇氏は九頭にして分かれて九州に長たること合わせて四万五千六百年なり。

超古代の帝王たち、まず盤古さまは18,000歳。その後の天皇氏の兄弟は12の頭で一身を共有していたが、その12人とも18,000歳まで生きた。続く地皇氏の兄弟は11の頭で一身を共有していたが、それぞれ18,000歳、人皇氏は9の頭であったが、頭ごとに分裂して古代チュウゴクを九つに分けてそれぞれの長となった(←これこそ「首長」だ、わはははは)が、九人合わせると45,600歳であった。

一人平均にすると5,066.6666・・・年である。

この後、

女媧  130歳

蒼頡  215歳

潜龍  200歳

飛龍  189歳

伊耆  172歳

伏羲  194歳

炎帝  135歳

神農  168歳

黄帝  240歳

少昊  101歳

帝嚳  105歳

堯    118歳

舜    110歳  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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さらに続きます。すごい続くので、もう以下略。「玉芝堂談薈」巻四より。なおチュウゴクの原始時代?につきましてはこちらを参照。

明日は両陛下が沖縄に行幸啓されます。もっともっといやさかを。(参考1「仏説人寿歳」)(参考2話」

 

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