平成23年10月7日(金)  目次へ  前回に戻る

 

二世肝冷斎ちゃんの二回目の更新でちゅ。

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一昨日から続く。「論語」公冶長篇についての解説。・・・公冶長が衛から魯に帰り、二国の境界のあたりに差し掛かったときのことである。

道ばたの木の枝に一羽のカラスが止まっている。そこへ飛び来ったもう一羽のカラスが、同じ枝に止まりながらこう語りかけているのが聞えたのだった。

往清溪食死人肉。

清溪に往きて死人の肉を食らわん。

清溪の方に行こうよ。死にびとが捨てられているから、死にびとの肉が食べられるよ。

それを聞いてもう一羽はうなずき、そして二羽でわさわさと羽音騒がしく飛び立って行った。

――行き倒れびとか。

公冶長は自分の旅の身の上、いつ同じ運命になるかわからぬことを思い、自嘲に似た笑いを浮かべながら先を急いだ。

ほどなく、道に老婆が泣いているのに出会った。

冶長、ちょうど自分の母親の年頃であると思いながら、

「ばばさま、如何いたした?」

と問うに、老婆曰く、

「わしの息子は昨日出て行った。今になっても帰ってこない。もう死んでしまっているのだろうか。どこにいるのだろうか」

と。そして、声をあげて哭した。

「ああ、ばばさま、わたしは魯の孔子の門人、公冶長です。あなたの息子はちょうどわたしぐらいの年頃でありましょう。あなたがわたしの母ぐらいの年頃でありましょうから」

冶長は少し逡巡したが、老婆の心配する姿があまりにつらく、そうでないといいと思いながらも告げた。

向聞鳥相呼往清溪食肉。

向(さき)に聞く、鳥のあい呼ばいて清溪に肉を食らいに往くを。

「先ほど、鳥が声をかけあって、清溪に肉を食べに行こうとしている会話を聞いた。

それがあなたに息子さんではない、と思うけれども、それがあなたの息子さんではないことを確かめに行かれればどうでしょうか」

老婆はその言葉を聴いて、清溪の方に歩いて行った。

――ほんとうにそうでなければいいのだが・・・。

老婆の後ろ姿を見送りながら、冶長は自分の思い過ごしを祈ったのであった。

・・・・冶長は魯の國に入り、最初の村に泊まった。

朝、目を覚ますと、村長が宿に来ていた。「魯の孔丘の門人、公冶長とはなんじか?」と詰問する。

「さよう」

と答えながら見やると、村長の背後には何人かの屈強の若者が、きつい目つきで控えていた。

「昨日、我が村の老婆から、息子が死に、その屍が清溪にあるので、死体を引き取るために人手を貸してほしいと申し入れがあった。わしはそのとおりにしてやった。しかし、腑に落ちないことがあって老婆に聴いてみた。

「清溪は村からずいぶん離れた谷、おばば、おぬしは

従何得知之。

何によりてこれを知るを得る。

どうやってそのことを知ることができたのじゃ?」

と。

老婆答えて曰く、

見冶長道如此。

冶長を見るに道(い)うことかくの如し。

「公冶長に逢うたとき、あのひとがそう言うたのじゃ」

と。

わしは思った。

冶長不殺人、何縁知之。

冶長ひとを殺さずんば、何によりてかこれを知らん。

「その冶長というおとこが殺したのでなければ、どうしてそのことがわかるのだろうか」

そこで、おまえを捕らえに来たのである。」

こうして冶長は獄につながれた。

獄の責任者は、冶長に問うた。

「おまえは魯の賢人・孔丘の門人でありながら、どうして人を殺めたのか?」

冶長は答えた。

解鳥語、不殺人。

鳥の語を解するも人を殺さず。

「鳥の言葉がわかっただけだ。人など殺しておらぬ」

と。

獄長は言うた、

「それではおまえが本当に鳥の言葉がわかるのかどうか試してみよう。鳥の言葉がわかることを証明できたら釈放してやるが、六十日経っても証明できなかったときは・・・」

獄長はこのことを言うときいつもそうするのであろう、薄笑いを浮かべながら右手で首を斬るしぐさをし、

当令償死。

まさに償いて死せしむべし。

「罪をあがなうために死なせてやるからのう」

と言うたのであった。

公冶長は獄中で鳥の言葉を聞こうとした。

が、どういうわけか、来る日も来る日も鳥は獄の近くでは鳴かなかった。こうして何日もが過ぎて行ったのだ。

さて、公冶長が国境の村で獄に囚われているという噂は、何十日もしてから魯の都の孔子の耳にも届いた。孔子は、すぐに弟子の中から実直な原憲を選んで、いそぎ国境の村に行って公冶長を救い出してくるように命じた。ほかの弟子たちは、どうしてわざわざ口下手な原憲を選んで救出に行かせるのかいぶかしんだが、原憲は師の命を受けて徒歩で魯の城門を飛び出し、夜を日に接いで国境の村に向かったのであった。

原憲がようやく国境の村に到着したのが、ちょうど公冶長が囚われてから六十日目の朝であった。

原憲は、ここからその村に入るという小川の板橋を思案しながら渡ろうとしていた。
―――先生は弟子の中からわざわざわたしを選んで友の危急を救いに遣わされた。しかし、わたしは子貢や宰予のように弁舌が巧みなわけではない。子路先輩のように剣を使うことができるわけでもない。どうやって公冶長を救い出せばいいのか・・・。

ぶつぶつと腕組みして思案を続ける。視線は自分の靴先を見つめるばかり。ために、原憲は前から来た牛車に気づかず橋を渡ろうとしたのである。

「もう、もう、もうう」

牛は原憲が前からずんずん向かってくるので、慌ててその向きを変えようとし、自ら曳いている車の重さに後押しされて、

「もうううううーーー!」

小川に頭から突っ込んでしまった。

荷車は橋の上で横転し、積み荷は橋のたもとにぶちまけられてしまった。

「うわあ、何をしやがるんだおー!」

牛追いの男は怒って原憲に飛びかかった。

「わ、わ、わ、す、すまん、し、しかし、先を急ぐので・・・」

「逃がさないだ!」

橋の上で取っ組み合いが始まり、近所の子どもやおとなが集まってきて、大騒ぎになった。

ちょうどそのころ、今日は刑場に引きずり出されることになっている公冶長は、獄の格子の外で雀どもが相呼びあっている声を聞いた。

雀たちはちいちいと聞き取りにくい細い声で、こう言い合っているようだ。

嘖嘖雀雀、白蓮水辺、有車翻、覆黍粟、牡牛折角、収斂不尽、相呼往啄。

嘖嘖雀雀(さくさくじゃくじゃく)、白蓮水辺に車の翻る有りて、黍と粟を覆(くつ)がえし、牡牛角を折りて収斂尽くさず、相呼ばい往きて啄(ついば)まん。

チュウチュウ・チッチ。白蓮の咲いているあのあたりの川べりで、荷車がひっくり返ったぞ。荷車に積んであったキビとアワとがこぼれて落ちた、牡牛は角が折れて大騒ぎ、まだ落ちこぼれは片付けられていないってさ。みんなに知らせろ、行ってついばめ。

そこで、公冶長は獄長に言うた。

「小川のほとりで牛車が覆り、キビとアワがぶちまけられているでしょう? 車を引いていた牛は角が折れてしまっているのでしょう?」

獄長はにわかに信じなかったが、村境の橋の方で騒ぎが起こっているというので、ひとを出して確認させると、果たして冶長の言葉のとおりであった。

そこで、ついに

得放。

放つを得たり。

解放されることができたのだった。

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皇侃曰く、

然此語乃出雑書、未必可信。

しかるにこの語、すなわち雑書に出ずれば、いまだ必ずしも信ずべからず。

けれどこの話は、まともな本に書いてあることではないので、あんまり信用しない方がよろしい。

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あんまり信用するなというので、盲信しないことにいたちまちて、二世肝冷斎がコドモ心に疑うてみれば、もしかしたら、公冶長は人を殺し、その肉を食い、これを鳥のせいにして老婆を騙し、同門の朋友をして往来を妨害せしめ、人民にたいへんな損害を与えた、という事実がこのような説話として遺された、のかも知れませんよー。

 

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