平成23年7月1日(金)  目次へ  前回に戻る

 

楽しい仲間のみなさまとも間もなくお別れなので、今日は飲み会のあと落ち込む。

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さて、と。本当のしごとに戻りまして、漢文の翻訳を行います。

康熙乙巳の年、といいますから、西暦だと1665年。

江蘇・嘉善の中農・朱君達がヨメをもらった。顧氏といい、大柄な美人であった。

結婚式の際に顧氏を見かけた県役(県の下役)の某、

「いいオンナじゃ」

と舌なめずりして目を細めた。

しばらく機会を見ていたが、君達が所用で出かけている日に「税の未納があるので物件を差し押さえる」と称して朱家に押し入り、

突入内室、挙手摸其頸。

内室に突入し、挙手してその頸を摸す。

女部屋に入り込み、顧氏を見つけると、手を伸ばして彼女を捕まえようとして、その首に触れた。

そのまま拉致して楽しもうという算段。

ところが野育ちの健康な顧氏は中年の役所勤めの男などかなわぬほどの腕力で、びし、と男の腕を払いのけると、バランスを崩した腰を後ろから蹴り飛ばしてた。

「な、なにをするのじゃ」

県役は前のめりに部屋の隅に頭から倒れ込む。

そのすきに部屋から抜け出した顧氏は、

此頸為人加手、豈可洗乎。

この頸、ひとの手を加うるところと為る、あに洗うべけんや。

「この首はあんな男の手が触れたの。もう洗うことはできません」

と泣き喚きながら物置に駆け入り、中からカギをかけた。

マクベス夫人のごときケッペキであります。

しばらくして家人が物置の扉をこじあけたときには、すでに

縊死。

縊死せり。

首をくくって死んでしまっていたのである。

この騒ぎの間に県役は、顔から血を流しながらそそくさと逃げ出して行った。

―――二月ほど経った。朱家も県の役人の関わったこと、そうそうたやすく訴え出ることもならず、いわゆる泣き寝入りして、そろそろ事件のほとぼりもさめたかと思われたころ、県役は舟に乗って郡衙に出張することとなった。

県役は舟の上でぼんやりと水面を眺めていた。同僚のひとりが

「どうした? 何か見えるのか?」

と訊くと、

作魅語云、吾知之矣。

魅語をなして云う、「吾これを知れり」と。

うわごとのように「わしはようくわかっておるぞ」と呟いた。

そして、

遂投水。

ついに水に投ず。

そのまま川に飛び込んだのである。

同僚たちが慌てて助け上げようとしたものの、あいにく、

適遇来船纜纏其頸、不能解、立時流血死。

たまたま来船の纜のその頸に纏わるに遇い、解くあたわずしてたちどころに流血して死せり。

ちょうどそこへ行き違いに上ってきた舟があり、その舟のともづなが県役の首にからまってぐいぐいと締まり、それを解きほぐすことができないうちに、血を吐いて死んでしまった。

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銭泳「履園叢話」巻十七より。

著者いう、

報応亦奇。

報応また奇なり。

報いを受けるー――これほどはっきりした例も珍しい。

と。

わしも昨日まで良い職場で「いい仕事」をさせていただいたのだ。これからその分報いを受けるべきなのかも知れぬ。

 

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