平成23年6月7日(火)  目次へ  前回に戻る

 

シナではよくあるお話を一つ。

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唐の時代のことであります。

政府の高官を辞した廬斉というひとが、仲間うち五六人とともに洪州の名勝地・西山を訪ねて山中の道観に数日宿泊するうち、ある晩、夕刻から雪しんしんと降り、深夜に至って相当降り積もったことがあった。

廬斉の一行はこの晩道観に泊まっていた若い読書人(「書生」)も誘って、酒を沸かして飲みはじめたが、その中で一人が

「雪の降ることこれほどであるのだ、今晩は門から出ることも出来ないであろう」

と言うたところ、書生はにこりと笑いながら

欲何之。吾能往。

いずくに之(ゆ)かんとするか。吾よく往かん。

「どこに行きたいのですか。わたしが行ってこれますよ」

と答えたのであった。

廬斉、少し酔っていたこともあって、この若者をからかってやりたくなったのであろう、

吾有書籍在星子。君能為我取乎。

吾、書籍を星子(せいし)に有す。君、よく我がために取るか。

「わしは、自宅が星子県にあるが、そこに大事な本が置いてある。(こんな雪の日には退屈するからその本でも読みたいところだが・・・。)君、わしのかわりに取りに行ってくれるかね?」

青年は間髪を置かずに

「了解です」

と答えると、

と座からいなくなった。

どこに消えたのか不思議なことではあったが、一行は酒も回っていてあまり気にしなかった。

「なんですかな、あの若いのは」

などとさらに杯を重ねていたが、

飲未散、携書而至。

飲むこといまだ散ぜざるに、書を携えて至る。

まだその席が散会にならぬうちに、青年は戻ってきて、携えてきた一冊の書を差し出した。

「おお、これじゃ、これじゃ」

廬斉はいい加減に酔っていたので上機嫌で受け取ったのだった。

・・・翌朝、廬斉は蒼ざめた顔で起きだしてくると、道観の者に

「さ、昨夜の若い書生はどこに行ったか」

としきりに問うた。

道観の者が

「朝方早く、雪の降り積もった中を旅立たれましたが」

と答えると、廬斉、嘆息して言うに、

「いったいどういう方であったのだろうか。昨夜彼が携えてきた書物は、まさしくわしが星子県の自宅に置いてきた書物である。ところが、

星子至西山、凡三百余里也。

星子より西山に至るに、およそ三百余里なり。

星子とこの西山の間は、おおよそ三百シナ里(120キロ)もあるのだぞ。

いったい彼はどうやってこの書物を取ってきたのだ・・・」

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さて、この青年、李勝といい、洪州あたりでは相当有名な異能者であった。

楊州から来たある道士、これも相当おのれの術に覚えのある男が、あるとき道観中で李勝から挨拶されたことがあったが、道士は李勝の若年で色白な外面を軽んじ挨拶を返さなかった。

その晩、道士が宿坊で寝ていると、深夜、激しく戸を叩く音がする。

目を覚ました道士、

「誰だ!」

と烈しく怒鳴ると、戸の向こうから、童子の声がした。

「ど、道士さま、怒らないでくだちゃい〜。おいらは昼間道士さまにお会いした書生の李勝に使われている童子なのでちゅ」

「その童子が何の用だ!」

「怒らないでくだちゃい〜。おいらが来たかったのではなくて、うちのだんなさまが行けというから来たのでちゅ」

「だから何の用だと聞いているのだ!」

「怒らないでくだちゃい〜。だんなさまが、たったいまおいらを叩き起こしておいらに命じたのでちゅ。

道士さまのところに行って、

取李処士匕首。

李処士の匕首(ひしゅ。あいくち)を取らん。

『書生の李の短刀を取りに来ました』

と言え、と」

「なんだと?」

道士が跳ね起きてみると、

見所臥枕前挿一匕首、勁勢猶動。

臥するところの枕前に一匕首の挿され、勁勢なお動けるを見る。

寝所の枕のすぐ先を見ると、床に一本の短刀が刺さっていたのである。短刀は相当の速度で天井から投げおろされたばかりなのか、まだ左右に揺れているところであった。

道士はこのことがあって以来、李勝とすれ違うと自分の方から挨拶するようになった。

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以上。類話があちこちにありますが、これは唐・段成式「剣侠伝」巻三より。

こわいこわい、と思うであろう。わしにもこんな能力があるかも知れませんぞ。・・・・という可能性も考えて、あまりいじめないようにしなければなりません。

明日また表のシゴトが早いので、出勤するのめんどくさい。李勝のような瞬間移動(テレポーテーション)の力を使いたいところです。が、疲れるので使いたくない。また傀儡人形のやつに出勤させるか。

 

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