平成23年3月16日(水)  目次へ  前回に戻る

 

周の穆王が臣の君牙を大司徒に命ずるときのことば。

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おお。君牙よ。

おまえの祖先(祖父を指すか)、そしておまえのおやじは、代々忠誠を尽くし、我が王室に仕えてきてくれたのう。その代々の功績は、わしのかたわらの功績調書に詳しく記されているぞ。

わしはまだ若造じゃが、文王・武王よりの王統を受け継いだ。おまえのご先祖たちも、我が祖先王たちのお側に仕え、あるいは四方の果てに乱れをおさめてきた。

その間、

心之憂危、若踏虎尾、渉于春冰。

心の憂危、虎の尾を踏み、春冰を渉るがごとし。

心配し危ぶむこと、トラの尾を踏んだり、春先の氷の上を歩いて水上を渡るときのようであったであろう。

今、わしはおまえにわしの手助けをしてくれと命ずるぞ。

作股肱心膂。

股肱・心膂となれ。

脚や手や心臓や腕となってくれよのう。

代々の先祖のように働き、先祖方に恥じないようにせいよのう。

人民に規則を教え、人民にそれに従わせ、おまえ自身も正しく、誤まることなく、おまえの行動は中庸にして偏ることなくやってくれ。

夏暑雨、小民惟曰怨咨。冬祁寒、小民惟曰怨咨。厥惟艱哉。思其艱以図其易、民乃寧。

夏の暑雨、小民これ曰く「怨咨なるかな」と。冬の祁寒、小民これ曰く「怨咨なるかな」と。そのこれ艱(くる)しきかな。その艱しきを思い以てその易(やす)きを図れば、民すなわち寧(やす)し。

夏にじめじめと暑い雨が降れば、人民どもはただいう「くるしくうらめしいですじゃ」と。冬のたいへんな寒さの中でも、人民どもはただいう「くるしくうらめしいですじゃ」と。人民どもの暮らしはまことに苦しいのであろう。その苦しいのを察して楽にしてやろうとすれば、人民どもはおとなしくするであろう。

ああ。

誰にでも見えるではないか、文王のはかりごとは。

武王はそれをひきつがれたではないか。

いまもわしら子孫を助けてくれているではないか。

おまえも正しく欠けるところなく、わしをおまえの知恵で導いてくれよなあ。わしの祖先王たちに(おまえの先祖が)してくれたように、文王や武王の功績を助けてくれたように、おまえの祖先が受けたような尊敬をわしにも抱かせてくれよなあ。

―――さて、あらためて穆王が君牙にのたまう。

乃惟由先正旧典時式、民之治乱在茲。

なんじ、これ先正・旧典・時式によれ、民の治乱はここにあり。

おまえ、昔からの正道、古くからの規範、長い間のしきたりにしたがえ。(それが)人民が治まるか乱れるかにつながるのであるぞ。

おまえの先祖のやりかたに従え。そうすればおまえはおまえの主君の正義を成し遂げることにもなるのだからのう。

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王のことばは、祖先からの思いを背負っている(少なくとも当人にはそう感じさせる)から、重いのである。今日、陛下のおことば(ビデオメッセージ)を賜った。踏みとどまってがんばろう、と思う所以である。

ちなみに、上記の引用は尚書(いわゆる「書経」)・君牙篇。拙斎は基本が朱子学だから(←これ、嗤うところ)、これも朱子高弟たる九峯・蔡沈「書集伝」(「尚書蔡氏集伝」)に拠って読んだ。「トラの尾を踏」んだり「春の氷を渡」ったり、「股肱」の臣などは、古代のはやり言葉だったのでしょう。周の穆王は武王を初代として五代目の周王で紀元前10世紀、神話・伝説にいろどられた王さまであられる。

 

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