平成23年1月3日(月)  目次へ  前回に戻る

面影を花のすがたに先立てて幾重越えきぬ峰の白雲

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「皇明資治通紀」という書物がかつてあったそうです。

明の嘉靖年間に廣東・東莞のひと陳建が明の建国から正徳年間までのことについて

採綴野史及四方伝聞。

野史及び四方の伝聞を採綴す。

朝廷でまとめられているのではない非正規の歴史書や、あちこちの伝説・噂話を拾い集めて綴りあわせたものである。

一人でそんなのを集めて歴史書を作るのはたいへんだったでしょう。エライひとだなあ。

と思ったのですが、その内容につきましては、

往往失実。

往往実を失う。

あちこちに、うそがたくさんあるのだ。

それで隆慶年間になって、ときの給事中の李貴和が上奏し、

・・・・・わが朝になってからの歴代の聖人皇帝の実録は、すべて正規に任命された学者の編纂を経て秘密倉庫に仕舞いこまれています。草莽に暮らす人民が勝手に編集して自分で用いるのは罪に当たると申せましょう。いわんや、国の初めから二百年も経ち、北京・南京から遠く離れた広東に住むたった一人のニンゲンの聞き、見るに及んだことで多くの人民を惑わし、その時代その時代の賢者たちの行動をあげつらっているのでございます。

若不禁絶、為国是害非浅。

もし禁絶せざれば、国のためにこの害浅きにあらざらん。

もし国禁の絶版にしてしまいませんでしたら、国家のために害を為すこと、浅くはござりませぬぞ! ・・・・・・・

と言いましたので、皇帝はこの建議に従い、その原版を焼かせてしまった。

―――ああ、おそろしい。言論封殺です。許せないことだなあ。

ところが、この書物、かように間違いだらけの本なのですが、もとが民間の書物で批判や修正もし放題だったということもあって、

向来俗儒浅学多剽其略、以誇博洽。

向来(さき)に俗儒浅学の多くその略を剽し、以て博洽を誇る。

従来から、民間の研究者や深い学識を持たぬ学者がその一部やダイジェストを勝手に引用して、自分の知識が該博であるように見せかけるのに使われていた。

だから、原版を焼かせてみたところで、その内容については、

海内之伝誦如故也。

海内の伝誦もとの如きなり。

元通り、シナ大陸中で教えられ伝えられ続けたのである。

萬暦年間には、重刊も出され、わたくし(←肝冷斎にあらず、この文章の筆者なり)も手に入れましたが、

其精工数倍於前。

その精工なること前に数倍す。

その精密(な校勘)、精巧(な印刷)なること元の版より数倍すばらしい。

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ということは、彼は前の版も持っていたのであろう。

沈徳符「萬暦野獲編」巻二十五より。

「情報」を抑えようとしてもムリですよ。美しいとか気高いとか難しいとか正しいとかの情報は抑えられるような気もするのですが、低劣な情報の方はムリ。これは歴史的真理というものであろう。

こんなことも何かの役に立つかと思うて記録しておきます。「萬暦野獲編」の登場は三年ぶりぐらいでしょうかな。

 

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