日録２２．６．１７

手紙に関して。

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洞涇の郁宗潮というのは素朴で正直者で名高いひとであった。

あるとき息子の郁遵が所用で襄陽に出かけた際、襄陽郊外の竹山府の府令・周希謨というひと、たまたま同郷とわかってたいへん喜び、

「ぜひ家郷に暮らしている兄弟たちに届けてほしい」

と手紙を預かった。

その郁遵、旅から帰り、父の宗潮に帰宅の挨拶と所用の成果の報告を行い、竹山の府令から手紙を預かってきたことも伝えた。

宗潮、頷いて、

「大切なお手紙じゃ、今日のうちにも兄弟の方々のところにお届けするように」

と命じたのだが、郁遵は旅の疲れ、あるいは久しぶりで会う若い妻とのねんごろな語らいにかまけて、手紙は明日届ければよかろうと書箱にしまいこんでしまったのである。

・・・・深夜、郁遵、蒼ざめた顔で父のもとに現われて言う、

「父上、たいへんなことを仕出かしてしまいました。父上から早く届けるようにと命じられたお手紙、さきほど、

忽被害鼠啣去。

たちまち鼠の啣（くわ）え去るに害せらる。

あっという間にネズミに咥えられて持ち去られてしまったのでございます。」

「なんじゃと」

「申し訳ございません、我が郁家先祖代々の名に泥を塗ってしまいましたあ！」

郁遵は悲嘆にくれるばかりであったが、宗潮は

至誠感神。

至誠、神を感ぜしめん。

究極の誠意は神霊に通じるものじゃ。

と言うて、正堂において

以香紙祷於宅之神。

香紙を以て宅の神に祷（いの）る。

お香と紙銭を焚いて家屋の神霊に祈った。

夜を徹して祈り続けていると、夜明け方、郁遵の妻があわただしく堂に駆け込んできて、

書在故処。

書、故処に在り。

「お手紙が・・・、お手紙が、もとの書箱の中に戻されておりました！」

と報告したのだった。

手紙は一角がネズミの齧られて欠けていたというが、宗潮の誠意に感じた家屋の神霊がネズミに命じて返させしめたものであったのであろう。

人皆異其事。此雖一介市夫、以一念之誠、猶能感神也。

ひとみなその事を異とす。これ一介の市夫といえども、一念の誠を以てなおよく神を感ぜしむるなり。

ひとびとはこのことを不思議なことだと称した。この事件は、一介の町の住民であっても、一心に誠意を持って祈れば、神霊を動かすことができるのだ、ということの証しであろう。

郁宗潮はかように誠実な人柄であったので、郷里のひとびとは彼のことを

郁土地（氏神さまのように面倒見のいい郁さん）

と呼んで敬愛したのであった。

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明・王錡「寓園雑記」巻九より。

昨日、四世紀の貴族の方は預かった手紙を江中にぽいぽいと棄てておられましたが、近世の人民はこのようにマジメに預かってきていたのです。だいぶん近代の我々に近づいてきた感がありますね。われわれは誠実だからなあ。