平成22年4月22日(木)  目次へ  前回に戻る

明のころ・・・・

徐州の張成なる者は雇われて役所の下働きをしていた。背丈は常人よりはるかに低かったが、気のいい快活な男であり、長い距離を走破するという能力については、人並みはずれていた。

なんと、

日行五百里。

日に五百里を行く。

一日で五百里を行くことができたのである。

明代の一里は約560メートルだから、五百里はだいたい280キロぐらい。東京から岡崎か豊橋ぐらいまで行ってしまうのである。

若緩歩亦与人同、但造意遠行則不可及。

もし緩歩するもまたひとと同じく、ただ造意して遠行すればすなわち及ぶべからず。

彼がゆっくり歩くと、普通のひとと同じぐらいの速度になるのだが、それでも意図的に遠いところまで行こうとするとほかのひとは全くかなわなかった。

そういう異能を持ったひとなのだが、一つ弱点があったのである。

既行又不能自止、或着牆抱樹乃可耳。

既に行くにまた自ら止まることあたわず、或いは牆に着し樹を抱きてすなわち可なるのみ。

一度走り出すと自分で止まることができないのだ。あるときは垣根に突っ込んだり、あるときは木の幹に抱きついたりして、やっと止まることができるのである。

彼は徐州から、都をはじめ各地の役所への書類の運搬をよく言いつかっていたから、各地の役人には彼と顔見知りの者も多く、わたしもその一人であったが、使いにやってきてどこかにぶつかってようやく止まったらしく、顔にアザを作ったり、手に怪我をしたりしていた姿をよく見かけたものである。

ところで、彼は、彼の足でさえ数泊せねばならない遠方に行くときは、どういうわけか、

夜則於円簏中縮足而睡。

夜はすなわち円簏(えんろく)中に足を縮めて睡る。

夜になると、丸い「簏」(竹製の箱あるいは籠)の中に入り、足を縮めて眠るのだった。

何かの術なのか、理由があるのか、あるときわたしは彼に、

此亦或有理存焉。

これまた或いは理の存するあらん。

「これには何か科学的な理由があるのかな」

と訊いてみたのであるが、張成は

「いやあ、お恥ずかしいことでございます」

とはにかみながら行ってしまい、とうとう理由を教えてもらうことはできなかった。

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明・朗瑛「七修類稿」巻四十四より。どういう理由があるのかわかりませんでしたが、なんとなくほのぼのして、いい感じ。ではありませんか。自分で止まれないところなど「愚直」というべきか。ところで「ルーピー」の訳語は「愚直」でいいのかな。

 

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