平成22年1月16日(土)  目次へ  前回に戻る

にやにや

清の半ば過ぎ――福建・南台の閩安口は河口にあたり、交通の要衝ということもあって「妓船」が多かった。

「妓船」というのは簡単にいうてしまえば売笑船である。たいてい娼婦一人を乗せ、客引きも行う船頭の男一人が小舟を操りながら、商船や船着場のあたりを流して客を引く。(この客を「嫖客」(ひょうきゃく)と呼んだ。)

話がまとまると客を乗せて妓船の集まる船溜まりに移動し、そこで船をもやうと、船頭は一度船を下りる。

舟の中では妓が簡単な酒食を供し、やがて興の乗ったところでそのことに及ぶ。

やがて時間を見計らって船頭が舟に戻り、最初に客を乗せたところまで舟を戻して「お送り」する。

・・・というシステムでした。

この舟上の娼婦たちを「珠娘」(シュジョウ)といい、あるいは「踝蹄婆」(カテイバ)と言う。前者は南海の名物・真珠の愛すべきにちなみ、後者は纏足をしていないため足を履に包んでおらず「足の爪先をさらけ出しているおんな」という意である。

舟の上でことが足りるという手軽さと、揺れながら楽しめ旅情を充たされるゆえに、「妓船」はかなり人気があった。

しかし、客が逸り、妓の方もその気になっても、うまくいかないこともある。

与嫖客宴飲、正嬉笑間、忽有一妓欠伸者、便神色如迷、不省人事。

嫖客と宴飲するに、まさに嬉笑の間、たちまち一妓の欠伸する者あれば、すなわち神色迷うが如く、人事を省せず。

お客に酒食を進めて、いちゃいちゃ話をしている最中に、突然、その娼婦があくびし、意識混濁して会話もできなくなることがあるのだ。

そうなると娼婦はお客の相手もせずに舟の中にしつらえられているベッドに一人で入り込み、

自解褻衣。

自ら褻衣(せつい)を解く。

自ら下着を脱ぐ。

白い肌を夜目にさらけだすと、

「来て・・・」

とささやくように言うて、やがて

んん・・・・。

はあ・・・・。

ああッ・・・!

と悩ましい息遣い、激しく腰を動かし、胸を揺らせ、髪を振り乱して

若有人来淫之者。

ひとの来たりてこれを淫する者あるがごとし。

誰かがともにベッドに入ってそのことに及ぶかのように振舞い出すのである。

そうなると、客の方は(致し方なく)船べりから手を上げて合図すると、すぐに船頭が戻ってきて客を陸に揚げ、舟から遠ざけるのだ。

この現象は、

水魈弄人也。

水魈(すいしょう)の人を弄ぶなり。

水の精霊が女の体をもてあそぶのだ。

と説明されるが、あるいは

是善嫖之鬼。

これ善く嫖するの鬼なり。

「その方面のお好きな霊が来ているのさ」

と解説するひともある。

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だそうである。どう考えてもこれはぼったくり・・・まあ、いいや。よくできたシステムですね。

清・銭梅渓「履園叢話」十五より。

梅渓先生・銭泳は字を立群、梅渓のほか台仙とも号した。乾隆二十四年(1759)、江蘇・無錫の生まれで、書をよくし、また著作も「説文識小録」「履園金石目」のような文字に関する研究書、「梅渓詩鈔」「蘭林集」「履園譚詩」などの詩文集を遺している。各地の官員のもとで幕僚を勤め、また北京にあっても能書をもって貴顕と交際した。その広い見聞によって得た知識を整理し、二十四巻に分類したのが「履園叢話」である。今日ご紹介した「嫖神」(「好きモノの精霊」)のお話はその「鬼神」篇に記載されているものですが、こういう下らんものばかりではなくて、もちろん古典や政治行政の先例などもたっぷり記録されておりますし、「水利工学」に関する章(「水学」)もあり、幕僚として必要とされる実務的知識の範囲がわかってタメになるところもある本です。

今日はMT氏の家で家族とともにメシを食わせてもらう。子どもたちの手前、アンパソマソの紙芝居を読むなど「ピュアなひと」を演じてまいりましたので、反動でこんなことが書きたくなったのでしょうなあ。

中世の舟君、あるいは志摩の「はしりがね」など、我が国にも水の上で誘う優なるひとのあったものを・・・とか言っていると指弾されますので言わなかったことにしましょう。

 

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