平成21年 9月 2日(水)  目次へ  前回に戻る

本朝、皇極天皇の第三年。

倭国言。

とありますので、大和国からの奏上ごと、ということですが、

・・・近年のことでございますが、本国菟田郡(うたのこおり→現在の宇陀であるらしい)のひと、押坂の直(あたえ)なにがしという者が童子一人を連れて雪の積もった菟田山に登ったところ、

見紫菌挺雪而生、高六寸余、満四町許。

紫の菌(たけ)雪より挺(ぬきの)きて生いたるを見る、高さ六寸余、四町ばかりに満てり。

紫色のキノコが雪の中から抜け出て生えているのを見つけた。その高さは二十センチぐらい、四ヘクタールぐらいの間に満ち満ちていた。

そこで押坂のなにがしは童子に命じてこれを採れるだけ採らせ、家に帰って隣近所にも見せたが、みなそれが何というキノコなのか知らず、また毒物(あしきもの)ではないかと疑った。

押坂のなにがしは、

「このようにぴかぴかと紫色に光り、ぬめぬめと湿気を帯びて大きなキノコが、毒であることがあろうか」

と考えて、

与童子煮而食之。

童子とともに煮てこれを食らう。

童子とともに、キノコをスープにして食ってしまった。

大いに「気味」があった。香と味がよかった、ということである。

押坂のなにがしと童子は、その後、別に毒に当たることもなく、

無病而寿。

無病にして寿(いのちなが)し。

病気をしなくなり、長生きした。

ほかの者が教えられた場所に採りに行ったが、見つけることはできなかった、という。

あるひとが言うに、

蓋俗不知芝草、而妄言菌矣。

けだし俗(くにひと)芝草というを知らず、しかして妄りに菌と言へる、と。

おそらく田舎者は不老長寿の薬である「芝草」(しそう)というものを知らず、誤って単なるキノコだと言ったのではなかろうか、と。

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以上は、日本書紀・皇極三年(644)条から引用しました。ちなみにこの皇極三年には、この記事の直前に、(翌年六月の大極殿クーデタ(大化改新の開始とされるやつ)に向けて、)中大兄皇子、中臣鎌子、佐伯連子麻呂、葛木稚犬養連網田(かつらぎのわかいぬかいのむらじあみた)らが連日謀議を凝らしていた旨の記述があり、この記事の後には、八尺の巨大百合の記事、三輪山で猿が歌を歌ったこと、「常世神」といわれる奇怪な虫が人民たちに奉られて不尽川(ふじのかは)のほとりから都に上ってくる事件など、変なことがたくさん書いてあります。

ちなみに、三輪山の猿の歌(原文は万葉仮名表記)

ムカツヲニタテルセラガニコテコソワガテヲトラメタガサキテサキテゾモヤワガテトラスモヤ

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「芝草」を妄りに「キノコ」だと思っていると、七世紀のむかしの貴族ごときに

「こやつは「俗」(くにひと)じゃ、学のない田舎者よ、ほほほ」

と笑われてしまうので、ほこりの高いゲンダイ人のみなさまとしては耐えられないでしょう。

「芝」については、明の東璧・李時珍が「本草綱目」の中で「瑞応図」なる書籍を引いて次のような分類・解説をしているので、参考にして勉強してください。(本草綱目・巻二十八・「芝」項より)

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T 菌芝  宮殿型・竜虎型・車馬型・飛鳥型など120種あり。五色にしてどんどん変色する。

 

U 木芝  

・木威喜芝・・・松脂が一万年経過したもの。形は蓮華に似、夜に発光する。

・飛節芝・・・樹齢千年以上の松の木に寄生する。いまにも飛び立とうとする姿をしている。

・木渠芝・・・大木に寄生する。形は蓮華に似、九本の茎がひとかたまりになっている。

・黄檗芝・・・樹齢千年の黄檗の下に生える。これを服せば地仙になれる。

・建木芝・・・皮はあごひものようであり、実は鸞鳥のようである。

・参成芝・・・赤色にしてぴかぴかと照り輝く。その枝葉を叩くに金属音がする。

・樊桃芝・・・籠のような幹に赤いツタのような花状のものをつける。実が翠の鳥のごとし。

・千歳芝・・・枯木の下に生える。根は座ったひとのような形で、これを刻むと血のような赤い液体が出る。これを足に塗ると姿を消して水の中を行くことができる。病気の治療にも使う。

 

V 草芝  120種あり、これを服用すれば神仙となる。

・独揺芝・・・風無くして自ら揺れる。それぞれ一丈(1.8メートル)ほど離れて十二が一組になって円形に生える。

・牛角芝・・・虎寿山など一定の山中にあり。葱のようだが牛の角のような突起がある。青色。高さ三四尺。

・龍仙芝・・・昇り竜二匹がお互いを背負いあっているような形をしている。

・紫珠芝・・・茎は黄色にして葉は紫、実はすもものごとく紫色なり。

・白苻芝・・・梅に似る。大雪節のころに花をつけ、冬の末に実をつける。

・朱草芝・・・途中が九回曲り、三枚の葉をつける。茎は針のごとし。

・五徳芝・・・楼閣のような形をし、五色がそれぞれ具わっている。

 

W 石芝

・玉脂芝・・・玉を産する山に生える。形は鳥や獣のようであり、色は変色する。青みがかった深い色をしていたり、水晶のように透明であることが多い。

・七孔九光芝・・・水流・石崖の間に生える。皿や碗の形をし、葉に七つの穴があり、夜になると発光する。この芝を七つ服用すれば人体の七穴すべて清らかとなり透き通る。

・蛍火芝・・・七孔九光芝の別名である。

・石蜜芝・・・少室山の石室中に生えるもので、入手しがたい。

・桂芝・・・石の穴の中に生える。桂の樹に似ているが、石である。ぴかぴかしている。

・石脳芝・・・石の中に黄色いものがあれば、これである。

 

X 肉芝  120種あり。以下のようなものが代表である。

・千歳燕・・・千年生きているツバメ 

・千歳蝙蝠・・・千年生きているコウモリ

・千歳亀・・・千年生きているカメ 

・万歳蟾蜍・・・一万年生きているヒキガエル

・山中小人・・・山中で見つけるこびと  ☆ ああ、チュウゴクのひとは、山中小人も服用してしまうのでしょうかなあ。

 

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