お休みの日は楽しい。(↓のお話とは何の関係もありません。)

 

平成21年 4月29日(水)  目次へ  昨日に戻る

宋のころ、張伯通という物知りの役人が福建に赴任していたときのこと。

ある晩、官邸にお客を招いて食事をしていたとき、このお客たちのひとりが突然手にしていた盃を落とした。

「どうなされた?」

と他の客が訊ねると、そのひと、

「あ、あれを・・・」

と部屋の隅を指差したのである。

そこには、

有一僕立燭下。映燭視之、見其腸胃筋脈圜転上下、歴歴可数、洞徹如鑑。

一僕の燭下に立つ有り。燭に映してこれを視るに、その腸・胃・筋・脈、圜転(えんてん)上下すること、歴々数うべく、洞徹して鑑の如きを見る。

「圜」(エン)は円く回(めぐ)ること。

下僕が一人、燭台の下に立って控えていたのだが、その灯火に照らされている下僕の姿は、腸や胃、筋肉の様子、血管、その中を流れて巡り、あるいは上下するもの、すべて一一数え立てられるぐらい、まるでそのひとが(そういう)鏡に映されているかのようにはっきりと見えたのだ。

衆駭観、莫測其由。

衆駭(おどろ)きて観、その由を測る莫し。

みな、びっくりして目を瞠ったが、誰一人として何故そんなことになるのかわからず、言葉も無かった。

しかし、主人の張伯通は別段驚きはしなかった。

代わりに眉を顰めて、

「おい、この時代にはそれはまだだめだぞ」

と言い、

命易以他燭。遂不復見。

命じて以て他燭に易(か)えしむ。遂にまた見えず。

下僕に命じて他の灯火に変えさせた。すると、もうさきほどのような情景は見えず、下僕も普通に見えるだけであった。

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宋・彭乗「続墨客揮犀」巻五より。内臓・筋肉・血管もコワいですが、上司等にハラの底見られたらまずいことたくさんある。よね。

 

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