空を行くというのは人を見下すことだから楽しいだろうね。

 

平成21年 4月17日(金)  目次へ  昨日に戻る

紀元前のこと、思想家の墨子

木鳶(ぼくえん)

というものを製作し、

三年而成。

三年にして成る。

三年かかってついに完成した。

「木鳶」は木製の鳶(とび)である。「紙鳶」が「タコ」を指すのであるから、木鳶は木製のグライダー様の飛翔体(←かっこいい)のことであろうが、もしかしたらダ=ビンチの飛行機みたいな、羽が鳥の羽のように動くやつだったかも知れません。

いずれにせよ、

「よっしゃ、できたー!」

ので、墨子は弟子どもとともにこれを空に飛ばしてみた。

結果――成功した。木鳶は空を飛んだのである。

「どや、見たか――!」

と、大満足。

しかしながらこの木鳶は、

蜚一日而敗。

蜚(と)ぶこと一日にして敗る。

飛行に成功したものの、その日のうちに壊れてしまったのであった。

「蜚」は、「とぶ」と訓じますが、「非」は「あらず」の意で用いるのは仮借であって、よく見ればすぐわかるように元は「鳥の羽を広げた様」の象形であり、「虫」は「蛇形ドウブツ」の象形であるから、「蜚」は「羽の生えた蛇」を現わす恐るべき文字である。メルクリウスの杖に巻き付く蛇や南米の神「ケツァルコアトル」など翼を持つ蛇は人類共通の元型の一つなのだから。だいたい人類はその薄明の原始時代に、「翼竜」を見上げた記憶があったのかも知れず、その祖先の記憶が人類の精神に遺伝してうんぬん・・・

閑話休題。

墨子に対して、弟子が言うた。

先生之巧至能使木鳶飛。

先生の巧みなる、よく木鳶を飛ばしむるに至れり。

「ああ、先生の技術はすごいですなあ。誰にも為しえなかった飛翔体――木鳶――の製作に成功し、ついにこれを空中に飛ばしたのですからね」

すると、墨子は答えた。

「そんなことはない。

吾不如為車輗者巧也。

吾、車輗を為(つく)る者の巧みなるに如かざるなり。

わしの技術は、車を引く轅の先につける横木=輗(ゲイ)を作る者の技術より劣っているぞ」

「は、はあ・・・。しかし、輗なんて半日ぐらいかけて一本の木を削って棒にすればいいだけで、大した技術は必要ないのでは・・・」

墨子は弟子を「ぎろり」と睨み、曰く、

用咫尺之木、不費一朝之事、而引三十石之任、致遠力多、久於歳数。

咫尺の木を用い、一朝のことを費やさず、而して三十石の任を引き、遠きを致して力多く、歳数において久し。

「(輗は)原材料は数尺ほどの長さの木材だけ。製作期間は僅かに一朝(午前中の半日)のみ。それなのに、三十石の容量の車を引くことができ、遠いところまで行き大きな力になる。そして、何年も久しきにわたって壊れることがない。」

戦国末から秦・漢のころは一尺=30センチ強、一石=30リットル強、といわれますので、それで換算してみてください。

「しかし、どうじゃ。

今我為鳶、三年成、蜚一日而敗。

今、我の鳶を為る、三年にして成るも一日蜚(と)びて敗る。

今、わしは木鳶を造った。三年かけて製作し、飛行に成功したものの、一日にして壊れてしまったではないか。」

かような費用対効果の低いものしか造れなかったわしの技術はダメなのだ。

と言っているのですな。

恵子(←けいこさんではなく、荘周の友だちの恵子のこと)がこのことを聞いて、

「ああ、墨先生は大巧(たいへんな技術者)だなあ。横木を作る方が木鳶を造るよりも技術がある、と考えるなんて。それが「技術」の本来あるべき考え方だよなあ」

と感嘆したそうである。

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以上、「韓非子」巻十一「外儲説左上・伝一」より。

「うーん。まいった、さすがは東洋思想だ。奥が深いなあ」

と感動するひともいてもよろしいが、わたし(肝冷斎)は東洋バリバリ主義ではないので、墨先生のはすごい技術だと思うし、そういう「ムダ」な物をどんどん作るのはすごい「善」なことだ、とも思うのです。読者諸兄におかれては如何。

読者諸兄の中に、

「なるほど、勉強になった。こんな話をうちの社員にも聞かせたいのう。よし、肝冷斎先生に研修講師を頼むか」

と思う経営者の方がおられましたら、ご連絡ください。(←もちろん冗談で言っているのですよ。)

 

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