↓この世には妖しく怪しきこと多くあり。

 

平成21年 3月 3日(火)  目次へ  昨日に戻る

今日も明日も業務がきついので長いのを書くのは無理なのです。

短いの紹介して誤魔化す。

「そんなことなら、書くな」

と叱られそうですが、何故更新しているのかというと誰かに評価されたい、というだけのことなのでしょう。誰も評価せんぞ。ああ、そうか。わかった。もう止めた。明日からはもう更新なんかせぬ。今日だけする。

・・・我が村の陳某というひと、都(ペキン)へ赴くとて通州の客店に泊まった。

夜半、

対灯坐、忽灯火砰然作響、光大如斗。

灯に対して坐すに、忽ち灯火の砰然(ほうぜん)として響きを作こし、光大なること斗の如し。

灯火の前に座っていたところ、突然、その灯火が「ぽぽん」と激しい音を立て、光が大きくなって一斗ほどになった。

清代の一斗は約10リットルですから、火の大きさが1リットルの10倍(100倍にはあらず)ぐらいになった、ということである。

しかも、その光には、

中露一人面、容顔愁惨、彷彿悲啼。

中に一人の面を露わし、容顔愁惨として、彷彿として悲啼せり。

中にひとりの人の顔が浮かび上がったのであった。その顔は愁いに沈んで痛ましいほどであり、悲しみに啼いているかのようであったのだ。

「うひゃあ」

陳驚奔出、臥車上、天将明即行。

陳、驚きて奔出し、車上に臥して天のまさに明けんとするに即ち行けり。

陳某は驚いて部屋から飛び出し、外につながれていた自分の馬車の中で一夜を過した。そして、空がようよう明るくなってくると、すぐに出発したのである。

ああコワかった。

しかし、陳某にはそれ以上のことは何も起こらず、結局のところ

不知何怪。

何の怪たるかを知らず。

いったいどういうアヤカシであったのか、よくわからんかった。

という。

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清末、光緒十八年(1892)に天津の酔茶先生・李慶辰が著わした「酔茶志怪」(巻二)をひも解いたら書いてあった。短いのでここで紹介してみました。

紹介せんでもええわ。

と言いたいぐらい何ものをも訴えることの無いお話でしたね。それではさようなら。

 

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