↓またわしの親戚の話しか。

 

平成21年 3月 1日(日)  目次へ  昨日に戻る

戦国の時代。紀元前四世紀の半ばごろ。

北方の魏の国から江乙という説客が(ある目的を持って)楚の国にやってまいりました。

このころ楚の国は全盛であった。しかして国内には昭奚恤(しょうけいじゅつ)という強力な宰相があって、軍事と内政を専らにし、宣王にはほとんど実権は無かった。

江乙は王の宮廷に入り込みますと、しばらく、取り立てて大きな献策も無く目立たぬように過していた。

あるとき。

王は、宰相の出席しない内廷の宴席で、随分酔いが回ったこともありましたか、

吾聞北方之畏昭奚恤、果誠何如。

吾、北方の昭奚恤を畏るるを聞く。果たして誠に何如(いかん)。

わしは、北方の華中・華北の国々では、我が国の宰相である昭奚恤を大変怖れている、とよく聞かされておる。が、しかし、じゃ。ほんとうにそうなのか?

真っ向から反対すれば王は不快になりそうであり、全くそのとおりと賛成すればどこかから伝わって宰相・昭奚恤にヤられるかも知れぬ。

群臣莫対。

群臣対するなし。

廷臣たちは、誰一人も答えようとしなかった。

と、一人、

「王よ」

と声を挙げたものがいる。魏から来た江乙である。

「誰じゃ? おお、魏のお方か。おまえは北方のことをよく知っておるんじゃから、答えよ」

「御意。お答えいたしましょう・・・」

と言うて江乙は言うた。

「王さま、トラをご存知でございましょう・・・(チュウゴクの古代には、黄河流域にも南方にもたくさんいた)

虎求百獣而食之。得狐。

虎は百獣を求めてこれを食らう。狐を得たり。

トラというやつは、あらゆる獣どもを捕まえて食うのでございます。あるとき、トラはキツネを捕まえた。

そして、食おうとしたのでございます。そのとき、キツネはトラに向かって言うた。

子無敢食我也。天帝使我長百獣。今子食我、是逆天帝命也。

子、敢て我を食う無かれ。天帝、我をして百獣に長たらしむ。今、子の我を食らうは、これ天帝の命に逆らうなり。

あなたさまは、無理にわたしを食うてはいけませんぞ。わたしは天の主宰者に、もろもろの獣の長として任命されているのですからな。もし、あなたさまがわたしを食うてしまいますと、あなたさまは主宰者さまの命令に逆らったことになり、きつい罰を受けることになりますぞ。」

・・・賢いみなさんがよく知っている話になってきましたね。賢いみなさんはこの先のこと全部知っているから、もう読む気にならないでしょう。さようなら。

この先を読むのは愚かなひとだけ、ということになります。

ということで、ここから先を読むひとは、

ばーか、ばーか。ああ、ほんとにオロカですなあ、おまえさんは。

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さて、キツネのトラに向かって言うに、

「あなたさま、わたしの言葉が信じていただけないのでございましたら、わたしが先に行きますので、わたしの後についてきてみてください。そして、

観百獣之見我而敢不走乎。

百獣の我を見てあえて走らざるやを観よ。

他の獣どもがわたしを見て、逃げ出さないかどうか、ご覧になってみなされ。

「なるほど。ではおまえについて行ってみよう」

とトラはキツネの後について森の中を行った。

すると、出会った獣どもはみな、キツネの後からトラがやってくるのを見て逃げ出したのである。

「なるほどのう」

虎不知獣畏己而走也、以為畏狐也。

虎は獣の己れを畏れて走るを知らず、以て狐を畏ると為す。

トラは、獣どもが実は自分を怖がって逃げ出したということに気づかず、キツネを畏れたのだと信じたのである。

江乙曰く、

「かくして、トラはキツネを天帝の使いだと信じたわけでありますが・・・、さて、

今王之地方五千里、帯甲百万、而専属之昭奚恤。故北方之畏昭奚恤也、其実畏王之甲兵也。猶百獣之畏虎也。

今、王の地は方五千里、帯甲は百万なり、而して専らこれを昭奚恤に属す。故に北方の昭奚恤を畏るるや、その実は王の甲兵を畏るなり。百獣の虎を畏るるがごときなり。

今、王さまの支配なさる楚国は五千里四方の大国でござる。この国には鎧を帯びる武装兵士が百万人もおり申す。そして、王さまはこれらを全て宰相の昭奚恤さまにお任せになっておられる。北方の国々が昭奚恤さまを怖れるのは当たり前でございましょう。ただし、実際は宰相さまではなくて、王さまの百万人の武装兵士を怖れておるのでござる。もろもろの獣たちがトラを恐れていたように。

さあて、王さま。いつまでキツネに王さまの威を借りさせて、本来なら王さまのモノであります権力を与えておくのでございますかな?」

「ふむ。江乙、よう言うてのけたな。そうか、キツネめにいつまでも威を借りさせておく必要はないわけか・・・」

王の盃を持つ手が心なしか震えているのに、廷臣たちは気づいた。主君の心の動きを僅かな裂け目から知ること。それこそ彼らの職務そのものである。

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「戦国策」(楚策一)より。

もちろん、魏のひと江乙の本来の狙いは楚国の内訌(内輪もめ)を煽ることだったのです。

ところが、このお話は一般のカシコイ方々の間では「虎の威を借るキツネ」と言うて、形式的権威と実権の関係になったり経営者とその部下の関係になったりしながら、「キツネ」がワル(あるいは「トラ」がオロカ)であるというお話になってしまっております。

しかしながら、本質は、「キツネ」より、「トラ」にこのことを「教えたやつ」の方が「トラ」の敵だった、ということなのですよ。本当の敵は見えないところにいるものなのですね。

途中で読むのを止めるようなカシコいひとたちはいいけど、ここまで読み進めてきたようなオロカな方は、特に気をつけてくださいね。(こういう話をどこかの●●経営セミナーで吹いて一飯なりとも恵まれたいものではないかね、と思っているのですが、なかなか呼んでもらえない)

 

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