日本にはいくつの審議会があったのか(大正・昭和審議会史覚書)

                           福井仁史

「文部大臣中橋徳五郎のとき(原敬内閣)の一九二一年六月に臨時国語調査会の官制が公布されることになる。会長には森鴎外が任命されたが、森の死亡に伴い上田万年が会長となった・・・」(注1)

「昭和四年官制により、各省関係者、学識経験者、電気事業者等三○名から成る臨時電気事業調査会が設置され、調査・審議が進められ、その結果、電気事業法改正案が立案されたが・・・」(注2)

「昭和五年一月、金輸出が解禁されるのと時を同じくして政府は臨時産業審議会を作り、また商工省を中心に臨時産業合理局を置いて産業の合理化を進めようと企てた。」(注3)

 近代史の著述を紐解くと、そこここで「調査会」「審議会」といった合議制の機関の設置に行き当たる。現在では、国家行政組織法(昭和23年法律120号)によって「審議会等」と総称されるこれらの機関は、近代史の「そのとき」に、どういう意味を持って設置されたのだろうか。便利に法案を取り出せる「宝箱」か、国民的合意を生成する「るつぼ」か、それとも政府案を権威付けるための「隠れ蓑」なのか・・・。

筆者は既に明治期の審議会について、その概略を整理した(福岡大学法学論叢第51巻第3・4号所収「明治審議会史覚書」(以下、「明治覚書」と略称)を参照されたい)ところであるが、今回は明治以降、昭和戦前期にいたるまでの審議会の設置数の変遷と、審議会の活用された分野について、簡単な考察を試みたい。

なお、「審議会」は、正確には国家行政組織法(昭和23年法律120号)においてはじめて整理された概念であるが、ここでは、同法施行以前においても、ほぼ同様の役割を果たしていたと考えられる、法律又は勅令によって設置された「委員会、会議、調査会、審査会」などの名称を持つ組織をひとくくりに「審議会」と呼ぶことにする。また、当時、法律又は勅令に設置根拠を持たない多くの委員会等があったが、ここではこれらには顧慮していない。(用語法についても、上記「明治覚書」参照)

(以下の記述には、原書房刊・内閣官報局「明治年間法令全書」、内閣印刷局「大正年間法令全書」「昭和年間法令全書」を利用した。)

(1)安田敏朗「「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち」中公新書1875(中央公論新社2006年)p73

(2)小竹即一「電力百年史 前編」(政経社昭和55年)p464

(3)中谷隆英「昭和恐慌と経済政策」講談社学術文庫1130(講談社1994)p103

 

1 明治後期の審議会設置数

⑴ 明治年間の審議会設置数推移

明治二十二年の大日本帝国憲法発布の後、明治二十三年に各省官制の整理が行われた。この時点での上記の意味での「審議会」の設置数は、4であった。(注4)

明治23年以降の明治年間の設置数を整理すると以下のとおりである。廃止された審議会については、各年合計数の後に示した。また、「明治覚書」に記載されていない審議会で今回の設置数に加えたものは、名称等を※で示した。

        (増減) (暦年末設置数)

明治二十三年        4

明治二十四年        4

明治二十五年 +3     7

明治二十六年 +3    10

明治二十七年 +1    11

明治二十八年 +2 △1 12(明治26年の貨幣制度調査会を廃止)

明治二十九年 +2    14

明治三十年  +2    16

明治三十一年 +3 △2 17(明治28年の水産調査会、馬匹調査会を廃止)

明治三十二年 +5 △1 21(明治31年の塩業調査会を廃止)

  台湾関税及出港訴願審査委員会(勅令387号:台湾総督)

明治三十三年 +4 △1 24(明治32年の鉄道国有調査会を廃止)

明治三十四年 +1 △1 24(明治32年の議院建築調査会を廃止)

 ※ 臨時台湾旧慣調査会(勅令196号:台湾総督)

明治三十五年 +3    27

明治三十六年    △6 21(この年廃止された審議会は注5のとおり。)

明治三十七年 +1    22

明治三十八年 +1 △1 22(明治31年の臨時秩禄処分調査委員会廃止)

 ※ 臨時国債整理委員会(勅令239号:大蔵大臣)

明治三十九年 +3 △1 24(明治37年の臨時馬政調査委員会廃止)

明治四十年  +4 △1 27(明治39年の博覧会開設臨時調査会廃止)

明治四十一年 +4 △1 30(同年の臨時仮名遣調査委員会を年内に廃止)

明治四十二年 +1    31

明治四十三年 +4    35

明治四十四年 +4 △1 38(明治43年の議院建築準備委員会廃止)

明治四十五年 +1 △2 37(明治43年の臨時治水調査会、明治44年の衆議院議員選挙法改正調査会を廃止)

  朝鮮関税訴願審査委員会(勅令84号:朝鮮総督)

大正二年   +2 △7 32(この年廃止された審議会は注6のとおり。)

 

明治三十六年の第一次桂内閣での行財政整理に伴う廃止、大正二年の第一次山本内閣での行財政整理に伴う廃止が目立っているが、大正二年段階での審議会の設置数は32である。(注7)

この数値は、明治二十三年の4と比較して、一年当たり約1.2審議会の増になる。

(4)以下、大正二年までに設置された審議会の名称については、前記「明治覚書」を参照されたい。なお、「明治覚書」では、台湾、朝鮮など外地に設けられた審議会については内地の審議会とその性格が重複するので触れていないが、今回はこれを加えた。

なお、審議会は、組織として設置されても同時にその構成員が任命されるとは限らず、また答申など所期の役割を終えれば即時に廃止されるとも限らないことから、「設置」「廃止」の時点をどのように考えるかという問題が発生するが、ここではすべて、根拠法令の制定・廃止を以て審議会の設置・廃止と考えることとした。また、審議会の構成員の変更等に伴って根拠法令を廃止し同時に新たな審議会の設置を行っている場合でも、審議会の名称を変更していない場合には、設置・廃止とは整理しなかった。

(5)明治25年の土木会、明治26年の法典調査会、明治30年の農商工高等会議、明治33年の港湾調査会、明治35年の政務調査会・鉱毒調査委員会。

(6)明治29年の高等教育会議、明治32年の林野整理審査会、明治35年の国語調査委員会、明治43年の生産調査会・国勢調査準備委員会、明治44年の文芸委員会・通俗教育調査委員会。

(7)このほか、明治三十三年に土地収用法により内務大臣の監督に属する「収用審査会」が設置されることとなったが、その設置は各府県ごとに設置されるものであるので、ここでは数字に含んでいない。

 

⑵ 大正初に現存の審議会

この32の審議会について、各省(管理・監督する大臣(台湾・朝鮮総督を含めた))別の設置数と名称は以下のとおりである。

 なお、○印を付した審議会は、昭和16年末に存続していた審議会である。

内閣総理大臣 三(文官試験委員、○賞勲会議、馬政委員会)

外務大臣   一(条約改正準備委員会)

内務大臣   八(○中央衛生会、市区改正調査会、医術開業試験委員、○薬剤師試験委員、古社寺保存会、○日本薬局方調査会、港湾調査会、神社奉祀調査会)

大蔵大臣   四(○関税訴願審査会、臨時国債整理委員会、臨時横浜港設備委員会、臨時神戸港設備委員会)

陸軍大臣   二(臨時脚気病調査会、臨時軍用気球研究会(海軍大臣と共管))

海軍大臣   ○(共管分は除く)

司法大臣   一(法律取調委員会)

文部大臣   七(震災予防調査会、○測地学委員会、○教員検定委員会、理学文書目録委員会、美術審査委員会、教科用図書調査委員会、教育調査会)

農商務大臣  一(○種繭審査会)

逓信大臣   二(○鉄道会議、○海員審判所)

台湾総督   二(台湾関税及出港訴願審査委員会、臨時台湾旧慣調査会)

朝鮮総督   一(○朝鮮関税訴願審査委員会)

 

2 大正期における審議会の設置数と省庁別推移

 以下、大正二年の審議会設置数を基礎に、大正年間における審議会の設置・廃止の推移と、各省別の推移を見ていきたい。

⑴ 大正期における審議会設置数の変遷

 まず、政府全体の設置数の変化は次のとおりである。

大正3年   +3      35

大正4年   +1      36

大正5年   +6  △4  38

大正6年   +4  △2  40

大正7年   +11 △4  47

 なお、この年、各省等に普通試験委員が設置(勅令9号)されたが計上外とした。

大正8年   +10 △10 47

大正9年   +6  △3  50

大正10年  +13 △4  59

大正11年  +3  △7  55

大正12年  +10 △1  64

大正13年  +5  △21 48 

大正14   +6  △1  53

大正15   +4      57

昭和2年   +7      64 

大正2年からの14年間の増は単純計算で32となり、年平均2.3の増となっている。

この時期、既に識者からは、

「曰く経済調査会、曰く製鉄調査会、曰く・・・、調査会の濫造、蓋し現内閣(筆者注:大隈内閣)より甚だしきはなし。然るに今又国勢調査会を起さんとす。犬養曰く、調査会は無きに勝る、而も其効果や知る可き耳と。加藤高明曰く、政府の調査会は、由来多きを望む可らず、と。原敬曰く、徒らに責任転嫁の機関を作る如きあらば、寧ろ其弊に堪へずと。人ありて曰く、又以て三党の立場を説明するに足る・・・」(注8)

と、隠れ蓑論を含む批判がなされているのは注目に値しよう。

大正期後半には、大正11年の加藤友三郎内閣、大正13年の加藤高明内閣による行政整理に伴い、50〜60の間を推移している。特に加藤高明内閣における行財政整理は、行政組織についても、農林省・商工省の分離や局・課の統廃合を始め、要員面についても、大正14年度以降の三ヵ年で官吏・雇傭人・兵卒・職工を通じて4万人余りの整理を行うこととした本格的なものであった(注9)。

(8)古島一雄の大正5年5月15日「日本及日本人」誌上での短評。外務省百年史編纂委員会「外務省の百年・上」(昭和44原書房)p656による。

(9)内閣制度百年史編纂委員会編「内閣制度百年史・上」(昭和60年大蔵省印刷局発行)p716による。

 

⑵ 大正期における各省の審議会数の変遷

 次に、この時期における各省の審議会数の変遷と審議会名を見てみたい。以下、年号の横のアラビア数字は、当該暦年末の審議会設置数である。また、審議会名はその年に設置された審議会であり、△はその年に廃止された審議会の数である(かっこ内に廃止された審議会名を示した)。

なお、○印を付した審議会は、昭和16年末に存続していた審議会である。

ア 内閣総理大臣(大正2年・3)

 経済調査会(大正5)、臨時国民経済調査会(大正7)、臨時財政経済調査会(大正8)、帝国経済会議(大正13)などの経済問題に取り組む審議会が断続的に置かれている。また、臨時教育会議(大正6)、臨時教育行政調査会(大正10)、文政審議会(大正13)など教育文化関係の審議会が置かれるのも目を引く。第一次世界大戦中には、外交挙国一致を目指した特殊な組織として臨時外交調査委員会(大正6)が設けられた。大正12年の震災からの復興に際しても審議会方式での意思形成が用いられた。

昭和2年には、人口食糧、資源といった問題が内閣の課題となった。

 大正3年  4 防務会議(勅令125)

 大正5年  5 経済調査会(勅令116)

 大正6年  7 臨時外交調査委員会(勅令57)(注10)

拓殖調査委員会(勅令75)

         臨時教育会議(勅令152)

△1(大正5・経済調査会)

 大正7年 10○高等試験委員(勅令9)

         国勢調査評議会(勅令136)

軍需評議会(勅令179)

臨時国民経済調査会(勅令343)

△1(明治20・文官試験)

 大正8年  9 臨時財政経済調査会(勅令331)

         臨時法制審議会(勅令332)

         △3(明治39・馬政委員会、大正6・臨時教育会議、大正7・臨時国民経済調査会)

 大正9年 11 臨時産業調査会(勅令32)

中央統計委員会(勅令514)

 大正10年11 臨時教育行政調査会(勅令338)

         △1(大正7・国勢調査評議会)    

 大正11年 5 △6(大正3・防務会議、大正6・臨時外交調査委員会・拓殖調査委員会、大正7・軍需評議会、大正9・臨時産業調査会、大正10・臨時教育行政調査会)

 大正12年 8○恩給審査会(勅368)

帝都復興審議会(勅418)(注11)

         帝都復興院評議会(勅425)(復興院に置くもの)

 大正13年 6 帝国経済会議(勅令70)

         文政審議会(勅令85)

△4(大正8・臨時財政経済調査会、大正12・帝都復興審議会・帝都復興院評議会・帝国経済会議)

昭和2年  9 行政制度審議会(勅令168)

人口食糧問題調査会(勅令222)

資源審議会(勅令233)

(10)宮中に設け、天皇に直隷する。総裁が内閣総理大臣のためここに計上した。

(11)監督規定は無いが、総裁を内閣総理大臣とすることからここに計上した。

 

イ 外務大臣(大正2年・1)

 大正7年  1 臨時条約改正調査委員会(勅令398)

         △1(明治41・条約改正準備)

 大正12年 2 対支文化事業調査会(勅527)

 大正13年 1 △1(大正7・臨時条約改正調査委員会)

 

ウ 内務大臣(大正2年・8)

 保健衛生調査会(大正5)、救済事業調査会(大正7)、社会事業調査会(大正10)など、社会問題に対応するための審議会が設置されている。また、旧都市計画法の制定のための都市計画調査会(大正7)、法施行のための都市計画審議会(大正8)が設けられ、都市問題に取組むとともに、道路会議(大正8)、臨時治水調査会(大正10)など土木行政に関する利害等調整のための場として審議会が用いられている。

大正5年  7 保健衛生調査会(勅令172)

△2(明治22・医術試験、大正2・神社奉祀)

 大正7年  9 都市計画調査会(勅令154)

東京市区改正委員会(勅令182)

救済事業調査会(勅令263)

△1(明治21・市区改正調査会)(注12)

大正8年 10 史蹟名勝天然紀念物調査会(勅令258)

         道路会議(勅令281)

        ○都市計画審議会(勅令483)

△2(大正7・都市計画調査会・東京市区改正委員会)

 大正10年11 社会事業調査会(勅令1)

      臨時治水調査会(勅令12)

△1(大正7・救済事業調査会)

 大正12年14 神社調査会(勅327)

臨時大都市制度調査会(勅328)

         労働保険調査会(農商務から移管)

 大正13年 9 特別都市計画委員会(勅令14)

         職業紹介委員会(勅令20)

 △7(明治40・港湾調査会、大正8・史蹟名勝天然記念物・道路会議、大正10・社会事業調査会・臨時治水調査会、大正12・神社調査会・臨時大都市制度調査会)

(12)大正7年、京都市・大阪市その他の市区改正委員会(勅令183)が設置されている(内務大臣が監督)が、数字には含めていない。

 

エ 大蔵大臣(大正2年・4)

 この時期の大蔵省設置審議会の中で注目に値するのは預金部資金運用委員会(大正14)であろう。財政事情が全く明らかでなく「預金部伏魔殿」とも呼ばれていた預金部資金の運用の透明化を図るために設けられた審議会である(注13)。今日の目から見れば物足りないとはいえ、当時としては画期的な組織であったといえよう。なお、大正末年には財界人を集めた金融制度調査会において銀行法の制定を検討した(銀行法は昭和2年3月に成立)が、同調査会は勅令に基づき設置されたものではない。これに対し、金融恐慌への対応のために昭和2年に若槻内閣が設置した台湾銀行調査会、田中内閣時に提案された日本銀行特別融通及損失補償法(昭和2法55)に基づく特別融通審査会(注14)は、いずれも勅令によってその構成等が定められている。

 大正7年  5 官有財産調査会(勅令240)

         戦時為替調査委員会(勅令340)

△1(明治39・臨時横浜港)

 大正8年  4 臨時秩禄処分調査会(勅令187)

         △2(明治38・臨時国債整理、大正7・戦時為替調査委員会)

 大正11年 5 臨時門司港陸上設備委員会(勅令33)

  国有財産調査会(勅139)

         △1(大正7・官有財産調査会) 

 大正13年 3 △2(明治40・臨時神戸港設備委員会、大正11・臨時門司港陸上設備委員会)

 大正14年 6 寺院境内地譲与審査会(勅令285)

        ○中央諸官衙建築準備委員会(勅令305)

○預金部資金運用委員会(勅令55(預金部資金運用規則))

大正15年 7○関税調査委員会(勅令125)

昭和2年 10 台湾銀行調査会(勅令69)

 特別融通審査会(勅令106)

 震災手形処理委員会(勅令155)(注15)

(13)大蔵省財政金融研究所財政史室編「大蔵省史・第一巻」(平成10年大蔵財務協会)p649〜651参照。

(14)これらの調査会の設置経緯については、「大蔵省史・第一巻」p695、706、710などによった。

(15)昭和2年、各税務署に土地賃貸価格調査委員会(法律16)が設置されているが、数字には含めていない。

 

オ 陸軍大臣(大正2年・2)

 大正8年  3 馬政委員会(勅令190)

 大正9年  2 △1(明治42・臨時軍用気球研究会)

 大正12年 1 △1(大正8・馬政委員会)

 大正13年 0 △1(明治41・臨時脚気病調査会)

 

カ 司法大臣(大正2年・1)

 大正8年  0 △1(明治40・法律取調委員会)

 大正9年  1 特殊権利審査会(勅令173)

 大正13年 1 喪失国債証券審査会(勅令209)

        △1(大正9・特殊権利審査会)

 

キ 文部大臣(大正2年・7)

 臨時教育委員会(大正8)、教科書調査会(大正9)、教育評議会(大正10)、臨時国語調査会(大正10)など教科書、国語関係の審議会が見られる。なお、学術研究会議(大正9)は、戦後の日本学術会議に繋がる組織であり、会員数も100人以内とされていた。

大正5年  9 医師国家試験予備試験委員(勅令215)

    歯科医師国家試験予備試験委員(勅令216)

 大正6年  8 △1(大正2・教育調査会)

 大正8年  8 臨時教育委員会(勅令238)

△1(明治40・美術審査委員会)

 大正9年  9 教科書調査会(勅令122)

 ○学術研究会議(勅令297)

△1(明治41・教科用図書調査委員会)    

 大正10年11 臨時国語調査会(勅令288)

         教育評議会(勅令309)

        ○航空評議会(勅令311)

△1(大正8・臨時教育委員会)

大正11年12 学校衛生調査会(勅令248)

 大正13年11 △1(大正10・教育評議会)

 大正14年11 震災予防評議会(勅令312)

         △1(明治25・震災予防調査会)

大正15年12 宗教制度調査会(勅令116)

 

ク 農商務大臣(大正2年・1)

大正年間を通じて、内閣と分担しながら米価・米穀関係の審議会が多く設けられている。また、労働保険調査会(大正10)、小作制度調査会(大正12)など、産業問題に取り組む審議会が設けられた。

大正14年に農林、商工の2省に分割され、その後、農林省では小作調査会(大正15)、商工省では瓦斯調査会(大正14)、商工審議会(昭和2)など、それぞれの重要課題に応じた審議会が置かれている。

大正4年  2 米価調節委員会(勅令179)

 大正5年  1 製鉄業調査会(勅令124)

         △2(大正4・米価調節委員会、大正5・製鉄業調査会)

 大正6年  2 戦時海上保険再審査会(勅令135)

 大正8年  4 工芸審査委員会(勅令230)

         度量衡及工業品規格統一調査会(勅令305)

 大正9年  3 △1(大正6・戦時海上保険再審査会)

 大正10年 8○工業品規格統一調査会(勅令164)

         米穀委員会(勅令208)

         労働保険調査会(勅令458)

     ○特許権存続期間延長審査委員(勅令460(特許法施行令)) 

        ○弁理士懲戒委員会(法100(弁理士法))(農商務大臣が召集)

○弁理士試験委員(勅令466(弁理士法施行令))    

         △1(大正8・度量衡及工業品規格統一調査会)

 大正12年10 馬政調査会(勅118)

         小作制度調査会(勅218)

         狩猟調査会(勅241)

         △移管(労働保険調査会を内務省へ)

 大正13年 7 △3(大正12・馬政調査会・小作制度調査会・狩猟調査会)

(農林大臣(大正14年・2)(○種繭審査会、米穀委員会))

大正15年 3 小作調査会(勅令135)

(商工大臣(大正14年・5)(工芸審査、○工業品規格統一、○特許権存続期間延長、○弁理士懲戒、○弁理士試験))

大正14年 6 瓦斯事業委員会(勅令329)

大正15年 7 国産振興委員会(勅令160)

昭和2年  8 商工審議会(勅令121)

 

ケ 逓信大臣(大正2年・2)

 大正5年  3○簡易生命保険審査会(勅令207)

 大正9年  3 海事委員会(勅令130)

         △移管(鉄道会議を鉄道省へ)

実際は鉄道会議は、これ以前に移管された「内閣総理大臣の監督」を経て鉄道省に移管されているが、便宜上ここに掲載する。

大正12年 4 船員職業紹介委員会(勅374)

 大正13年 3 △1(大正9・海事委員会)

(鉄道大臣(大正9年・1)(鉄道会議)

 

 以下、総督府等外地組織については、法律・勅令で政策を企画するための審議会を置くことも無く、省とは大きく違った存在であるが、同様に整理しておくものである。

コ 台湾総督(明治29年設置)(大正2年・2)

 大正8年  1 △1(明治34・旧慣調査会)

大正10年 2○台湾総督府評議会(勅令241)

サ 朝鮮総督(明治43年設置)(大正2年・1)

 大正3年  2○朝鮮総督府海員審判所(勅令50)

 大正7年  3 朝鮮総督府林野調査委員会(勅令110)

 大正14年 4○朝鮮史編修会(勅令218)

シ 関東都督(明治39年設置)(大正2年・0)

大正3年  1 関東都督府土地審査委員会(勅令89)

 

3 昭和戦前期における審議会の設置数と省庁別推移

 続いて、昭和2年の審議会設置数を基礎に、昭和戦前期として、本格的な戦時体制に移行した昭和16年までの審議会の設置・廃止の推移と、各省別の推移を見ていきたい。

⑴ 昭和戦前期における審議会設置数の変遷

 まず、政府全体の設置数の変化は次のとおりである。

昭和3年   +2  △1  65

昭和4   +11  △9  67

昭和5    +6  △5  78

昭和6    +8  △3  73

昭和7   +10  △6  77

 なお、この年、各省等に普通文官分限委員会が設置(勅令254号)されたが計上外とした。

昭和8    +9  △3  83

昭和9    +5  △3  85

昭和10  +10  △4  91

昭和11  +18  △7 102

昭和12  +30  △6 126

昭和13  +40 △13 153

昭和14  +41 △10 184

昭和15  +18 △21 181

昭和16  +24 △75 130

昭和2年から昭和11年までは、年平均4.3審議会の増となっており、さらに、昭和12年の日中戦争(日華事変)の勃発、それに対応した国家総動員の流れ(国民精神総動員実施要綱(8月24日閣議決定))の中で、意思の統一のために審議会方式が多用され、昭和14年までの間には年平均27.3審議会が増えた。その後、昭和15年で数的には頭打ちとなり、昭和16年になると「より直截に戦争遂行目的に即した機構及び政策決定過程の単純化の方向での諸改革が行われ」(注16)、昭和14年末に比して昭和16年54審議会、約30パーセントの設置数の減となった。

(16)内閣制度百年史編纂委員会編「内閣制度百年史・上」(昭和60年大蔵省印刷局発行)p717による。

 

⑵ 昭和戦前期における各省の審議会数の変遷

 次に、この時期における各省の審議会数の変遷と審議会名を見てみたい。以下、前項と同様、年号の横のアラビア数字は、当該暦年末の審議会設置数である。また、審議会名はその年に設置された審議会であり、△はその年に廃止された審議会の数である(かっこ内に廃止された審議会名を示した)。

 なお、○印を付した審議会は、昭和16年末に存続していた審議会である。

 

ア 内閣総理大臣(昭和2年・9)

 昭和4年に浜口内閣の「十大政綱」に則って、金解禁準備の一環として社会政策審議会、関税審議会、国際貸借審議会の三審議会が設けられた。(注17)

 また、昭和6年、若槻内閣においては、勅令に基づかない「行政財政準備委員会」を設けて行政財政の整理を検討し、その案を勅令に基づく「臨時行政財政審議会」で審議の上、これをもとに予算概算案を作る、という手法をとっているのが注目される。(注18)

 昭和10年に内閣審議会が設けられている。これは他の「○○大臣の監督に属」する通常の審議会とは違って、「内閣に隷し其の諮問に応じて重要政策に付調査審議」し、委員は「練達堪能の者の中より簡抜して之を勅命」する(内閣審議会官制)という特殊な組織であり、これにより「挙国一致の国策審議機関たることを目指したものであった」(注19)。このとき、併せて内閣調査局が設けられ、内閣総理大臣の管理に属し、内閣審議会の庶務もつかさどっている。内閣審議会自体は翌年廃止されるが、内閣調査局はその後、企画庁、企画院へと発展した。

 昭和11年には衆・貴両院の決議に沿って、議院制度・選挙制度に関する調査会が設けられている。

 昭和12年の臨時資金調整委員会、臨時資金審査委員会は、臨時資金調整法(昭和12法86)の運用に当たるために設けられたものである。(注20)

昭和12年以降は国家総動員に関するものを含め、多数の審議会が設けられた。

 昭和3年  10 経済審議会(勅令224)

 昭和4年  10 法制審議会(勅令118)

          米穀調査会(勅令127)

          社会政策審議会(勅令238)

          関税審議会(勅令239)

          国際貸借審議会(勅令240)

          △5(大正8・臨時法制審議会、昭和2・行政制度審議会、昭和4・社会政策審議会・関税審議会・国際貸借審議会)

 昭和5年  10 衆議院議員選挙革正審議会(勅令1)

          臨時産業審議会(勅令3)

          △2(昭和2・人口食糧問題調査会、昭和3・経済審議会)

 昭和6年  10 臨時行政財政審議会(勅令140)

          △1(昭和6・臨時行政財政審議会)

昭和7年  10 高等文官分限委員会(勅令254号)

 米穀統制調査会(勅令334)

△2(昭和4・米穀調査会、昭和5・衆議院議員選挙革正審議会)

昭和9年  11 米穀対策調査会(勅令256)

 東北振興調査会(勅令346)

          △1(昭和7・米穀統制調査会)

昭和10年  9 内閣審議会(勅令118)(内閣に隷するもの)

          △3(大正13・文政審議会、昭和4・法制審議会、昭和5・臨時産業審議会)

昭和11年 14 紀元二千六百年祝典評議委員会(勅令137)

 情報委員会(勅令138)

          議院制度調査会(勅令179)

   選挙制度調査会(勅令180)

  貴族院制度調査会(勅令391)

    米穀自治管理委員会(勅令407)

  ○重要肥料業委員会(勅令452)

          △2(昭和9・米穀対策調査会、昭和10・内閣審議会)

昭和12年 18 文教審議会(勅令221)

   中央経済会議(勅令295)

○臨時資金調整委員会(勅令498)

○臨時資金審査委員会(勅令536)

  軍事評議会(勅令665)

  ○教育審議会(勅令711)

          △2(昭和11・情報委員会、昭和12・文教審議会)

昭和13年 18 企画審議会(勅令85)

○科学審議会(勅令248)

 ○国家総動員審議会(勅令319)

    北支那開発株式会社及中支那振興株式会社政府出資財産評価委員会(勅令335)

    議会制度審議会(勅令411)

○総動員補償委員会(規程:勅令474)

○交通事業調整審議会(勅令543)

    電気通信委員会(勅令631)

          △8(昭和2・資源審議会、昭和9・東北振興調査会、昭和11・議院制度調査会・選挙制度調査会・貴族院制度調査会、昭和12・中央経済会議・軍事評議会、昭和13・北支中支株式会社財産評価)

昭和14年 24 国民精神総動員委員会(勅令80)

興亜委員会(勅令438)

中小産業調査会(勅令488)

臨時満州開拓民審議会(勅令529)

米穀取引事業審議委員会(勅令553)

○大東亜技術委員会(勅令636)

 昭和15年 16○物価対策審議会(勅令200)

国際電気通信株式会社政府出資財産評価委員会(勅令317)

△10(大正9・中央統計委員会、昭和11年・紀元二千六百年祝典評議委員会、昭和13年・議会制度審議会・電気通信委員会、昭和14年・国民精神総動員委員会・興亜委員会・中小産業調査会・臨時満州開拓民審議会・米穀取引事業審議委員会、昭和15・国際電電財産評価委員会)

 昭和16年 16○勅任文官銓衡委員会(勅令4)

○肇国聖蹟調査委員会(勅令1048)

○臨時東北地方振興計画調査会(勅令1174)

         △3(昭和7・高等文官分限委員会、昭和11・米穀自治管理委員会、昭和13・企画審議会)

(17)大蔵省財政金融研究所財政史室編「大蔵省史・第二巻」(平成10年大蔵財務協会)p22参照。

(18)「大蔵省史・第二巻」p37参照。

(19)内閣制度百年史編纂委員会編「内閣制度百年史・上」(昭和60年大蔵省印刷局発行)p310〜311参照。

(20)「大蔵省史・第二巻」p169参照。

 

イ 外務大臣(昭和2年・1)

昭和8年  2 永代借地権委員会(勅令2)

昭和12年 1 △1(昭和8・永代借地権委員会)

昭和13年 2 支那事変被害調査委員会(勅令296)

 昭和15年 3 領事裁判委員会(勅令118)

 昭和16年 0 △3(大正12・対支文化事業調査会、昭和13・支那事変被害、昭和15・領事裁判委員会)

 

ウ 内務大臣(昭和2年・9)

 昭和8年、救農土木事業以降の土木事業の長期方策を策定するため土木会議が設けられている。同種の審議会は明治期にも存在(明治25年「土木会」)したが、今回の土木会議は「「国庫財政の都合により容易に既定計画通りの事業は実施されず」といった従来の現実を克服する目的で」設置され、ただちに昭和9年度から20年間にわたる「第二次道路計画」の樹立に当たっている。(注21)

 また、昭和12年からの税制見直しに対応して地方財政に関する審議会(臨時地方財政補給金委員会)が設置され、昭和15年の税制改正(配布税創設)以降は地方分与税委員会が設けられた。

昭和4年 11○神社制度調査会(勅令347)

         移管(文部省から医師国家試験委員、歯科医師国家試験委員)

         △1(明治29・古社寺保存会)

 昭和5年 11 失業防止委員会(勅令85)

         △1(大正13・特別都市計画委員会)

 昭和6年 14 阿片委員会(勅令38)

国立公園委員会(勅令243)

         労働者災害扶助責任保険審査会(勅令295)

昭和7年 14 失業対策委員会(勅令158)

        △1(昭和5・失業防止委員会)

 昭和8年 15○土木会議(勅令225)

昭和10年17 北海道拓殖計画調査会(勅令163)

○著作権審査会(勅令191)

社会保険調査会(勅令218)

        △1(大正10・労働保険調査会)(注22)

昭和11年17 神宮関係施設調査会(勅令295)

         △1(昭和10年・北海道拓殖計画)

昭和12年20 臨時地方財政補給金委員会(勅令316)

地方制度調査会(勅令385)

中央防空委員会(勅令598)(防空委員会は道府県、市町村にもあり)

 昭和13年 8 △移管:厚生省へ11審議会

         △1(昭和7・失業対策委員会)

昭和14年 8 映画委員会(勅令840)

        △1(昭和11・神宮関係施設調査会)

 昭和15年 8○地方分与税委員会(勅令462)

         △1(昭和12・臨時地方財政補給金)

昭和16年 5 △3(昭和12・地方制度調査会・中央防空委員会、昭和14・映画委員会) 

(21)加瀬和俊「戦前日本の失業対策―救済型土木事業の史的分析―」(日本経済評論社・1999年)p326及びp357の注34に引く「中外商業新報」1933.8.20号の記事による。

(22)昭和10年には、地方長官の監督に属するものとして選挙粛正委員会(勅令110)が設置されている。

 

エ 厚生大臣(昭和13年設置) 13

 厚生省は昭和13年に内務省社会局などを母体に設置されたが、審議会についても内務省をはじめとする各省から以下のとおり13移管された。

その後、昭和16年までの間に、多数の審議会が設置されている。

(内務省から移管11)明治19・○中央衛生会、明治27・○薬剤師試験委員、明治33・○日本薬局方調査会、大正5・保健衛生調査会・○医師国家試験委員・○歯科医師国家試験委員、大正13・○職業紹介委員会、昭和6・阿片委員会・国立公園委員会・労働者災害扶助責任保険審査会、昭和10・社会保険調査会、(文部省から移管1)昭和7・体育運動審議会、(逓信省から移管1)大正5・○簡易生命保険審査会

 昭和13年 19 傷痍軍人保護対策審議会(勅令36)

 国民健康保険委員会(勅令434)

○中央社会事業審議会(勅令447)

○医薬制度調査会(勅令473)

中央失業対策委員会(勅令507)(地方にもあり)

保険院保険制度調査会(勅令707)

 国民体力管理制度調査会(勅令741)

          △1(昭和10・社会保険調査会)

 昭和14年 23○中央賃金委員会(勅令129)(地方・鉱山にもあり)

工場事業場技能者養成委員会(勅令342)

  ○国民体力審議会(勅令497)

 傷痍軍人医療委員会(勅令498)

○軍人援護対策審議会(勅令697)

 賃金臨時措置調査委員会(勅令760)

労務管理調査委員会(勅令779)

武道振興委員会(勅令851)

  △4(大正5・保健衛生調査会・昭和7・体育運動審議会・昭和13・傷痍軍人保護対策審議会・国民体力管理制度調査会)(注23)

 昭和15年 26 機械技術者検定制度調査委員会(勅令42)

青少年雇入制限委員会(勅令61)

住宅対策委員会(勅令438)(注24)

 昭和16年 15○社会保険審査会(勅令715)

○労務統制委員会(勅令873)

○中央優生保護審査会(勅令681)

          △14(昭和6・阿片委員会・国立公園委員会・労働者災害扶助責任保険審査会、昭和13・国民健康保険委員会・中央失業対策委員会・保険院保険制度調査会、昭和14・工場事業場技能者養成委員会・傷痍軍人医療委員会・賃金臨時措置調査委員会・労務管理調査委員会・武道振興委員会、昭和15年・機械技術者検定制度調査委員会・青少年雇入制限委員会・住宅対策委員会)(注25)

(23)昭和14年、地方長官の監督に属するものとして地代家賃審査会(勅令718)が設置されている。

(24)昭和15年、地方長官の監督に属するものとして宅地建物評価委員会(勅令926)が設置されている。

(25)昭和16年、厚生大臣の監督に属する組織として、国民労務手帳審査会(勅令706)が道府県に置かれたが計上していない。

 

オ 大蔵大臣(昭和2年・10)

 昭和8年、外国為替管理法に基づき外国為替管理委員会が設置されたが、これは委任命令の多い同法の制定に当たって、議会側の意向で設けられたものである(注26)。

昭和12年臨時資金統制法の制定以降、金融・経済統制が進み、その過程で多くの審議会を設けている。

なお、昭和12年の税制調査会は、税制改革について検討したものであり、大蔵省ではもともと内閣に大正8年に設けられた臨時財政経済調査会の論議を受けて昭和2年に大蔵省内に税制調査会を設け税制の抜本的改正を検討したが、議院の反対もあり実らなかった(注27)。昭和12年からの検討は、昭和15年に法人税創設などの法案成立に結びついている。

 昭和3年  11○特別融通損失審査会(勅令115)

 昭和4年   8 △3(大正8・臨時秩禄処分調査会、昭和2・台湾銀行調査会・震災手形処理委員会)

昭和7年   8 外貨評価委員会(勅令374)

△1(大正14・寺院境内地譲与審査会)(注28)

昭和8年   9○外国為替管理委員会(勅令135)

昭和10年 10○政府貸付金処理審議会(勅令252)

昭和12年 12 税制調査会(勅令345)

○金委員会(勅令671)

 昭和13年 14 社債担保審査会(勅令377)

○国民貯蓄奨励委員会(勅令402)

昭和14年 19 利益配当審査委員会(勅令191)

○資金融通審査委員会(勅令291)

会計事務協議会(勅令474)

不動産融資損失審査会(勅令602)

職員給与臨時措置調査委員会(勅令716)

 昭和15年 17○会社経理審査委員会(勅令682)

          △3(昭和12・税制調査会、昭和14・利益配当審査委員会・職員給与臨時措置調査委員会)

 昭和16年 14○寺院境内地処分審査会(勅令120)

○投資及担保証券審査会(勅令813)

○敵産管理委員会(勅令1245)

          △6(大正11・国有財産調査会、昭和2・特別融通審査会、昭和7・外貨評価委員会、昭和13・社債担保審査会、昭和14・会計事務協議会・不動産融資損失審査会)

(26)「大蔵省史・第二巻」p73参照。

(27)「大蔵省史・第一巻」p723〜724参照。

(28)昭和7年には、日本銀行参与会(法律11)が設置された。大蔵大臣に参与の任命権があるが、日銀に置くとされていることから計上しない。

 

カ 陸軍大臣(昭和2年・0)

 昭和4年  1  兵役義務者及廃兵待遇審議会(勅令323)

 昭和6年  0  △1(昭和4・兵役義務者及廃兵待遇)

昭和7年  1 ○陸軍軍需審議会(勅令73)

 

キ 海軍大臣(昭和2年・0)

昭和10年 1 ○海事技術会議(勅令7)

 

ク 司法大臣(昭和2年・1)

 昭和13年の司法制度調査委員会は、いわゆる「帝人事件」の終局を受けて、司法部内の刷新を図るために設けられたものである。(注29)

 昭和3年  0  △1(大正13・喪失国債証券審査会)

昭和11年 2 ○弁護士審査会(勅令269)

○保護観察審査会(勅令405)

昭和12年 3 ○法規整備委員会(勅令616)

 昭和13年 4 ○司法制度調査委員会(勅令506)

昭和14年 6 ○司法保護事業審議会(勅令643)

○家事審判制度調査委員会(勅令815)(注30)

(29)「大蔵省史・第二巻」p123の記述によった。

(30)昭和16年に、予防拘禁委員会(勅令558)が設置されているが、複数地区に置かれるものであるため計上していない。

 

ケ 文部大臣(昭和2年・12)

昭和4年 11 ○国宝保存会(勅令211)(内務省から事務移管)

         △移管(内務省に医師国家試験委員、歯科医師国家試験委員)

昭和5年 12  臨時ローマ字調査会(勅令222)

昭和7年 13  体育運動審議会(勅令379)

昭和9年 13 ○国語審議会(勅令331)

△1(大正10・臨時国語調査会) 

 昭和10年14  教学刷新評議会(勅令307)

 昭和11年14 ○史蹟名勝天然紀念物調査会(勅令397)

         △1(臨時ローマ字調査会)

 昭和12年13  △1(昭和10・教学刷新評議会)

昭和13年14 ○科学振興調査会(勅令589)

神武天皇聖跡調査委員会(勅令784)

△移管(厚生省に昭和7・体育運動審議会)

昭和14年18 ○日本文化大観編修会(勅令29)(文部大臣が管理するものとされた)

○国史舘造営委員会(勅令42)

日本語教科用図書調査会(勅令829)

○演劇、映画、音楽等改善委員会(勅令846)

昭和15年18  美術振興調査会(勅令259)

         △1(大正15・宗教制度調査会)

 昭和16年12 ○教科用図書調査会(勅令596)

          △7(明治33・理学文書目録委員会、大正9・教科書調査会、大正11・学校衛生調査会、大正14・震災予防評議会、昭和13・神武天皇聖跡調査、昭和14・日本語教科用図書調査会、昭和15・美術振興調査会)(注31)

(注31)昭和16年、地方長官の監督に属する組織として、国民学校教育検定委員会(勅令253)が設置されている。

 

コ 農林大臣(昭和2年・3)

 前半期には糸と米穀に関する審議会が多いが、昭和12年以降は経済統制に関わる審議会が多数設けらている。また、昭和13年以降は、漁船再保険審査会(昭和13)、農林保険審査会(昭和16)など国営保険に関する審査を行う審議会があるほか、昭和13年の農地調整法制定に関し、自作農創設維持委員会(昭和13)、農地審議会(昭和15)の設置も注目される。

 昭和4年  4  糸価委員会(勅令257)

 昭和6年  6  糸価安定融資補償審査会(勅令18)

  家畜再保険審査会(勅令171)

          農林審議会(勅令236)

  △1(大正15・小作調査会)

昭和7年  7  生糸需要増進調査会(勅令172)

 ○馬政調査会(勅令302)

△1(昭和6・農林審議会)

 昭和8年  6  輸出生糸販売統制調査会(勅令254)

 ○米穀統制委員会(勅令281)

          △3(大正10・米穀委員会、昭和4・糸価委員会、昭和6・糸価安定融資補償審査会)(注32) 

 昭和9年    米穀処理委員会(勅令134)

 昭和11年 7  蚕品種審査会(勅令445)

          △1(昭和8・輸出生糸販売統制) 

昭和12年10  糸価安定委員会(勅令370)

 中央米穀配給調整委員会(勅令461)(地方委員会もあり)

    産業組合中央金庫特別融通損失審査会(勅令499)

昭和13年14  漁船再保険審査会(勅令105)

          森林火災国営保険審査会(勅令106)

 自作農創設維持委員会(勅令126)

○農林計画委員会(勅令776)

 昭和14年15 ○獣医師試験委員(勅令612)

昭和15年15 ○農地審議会(勅令52)

○農産物等価格形成専門委員会(勅令202)

         △2(昭和12・中央米穀配給調整委員会、昭和13・自作農創設維持委員会)

昭和16年11 ○農林金融改善特別融通損失審査会(勅令271)

○蚕糸委員会(勅令481)

○木材統制委員会(勅令684)

○農林保険審査会(勅令888)

△8(昭和6・家畜再保険審査会、昭和7・生糸需要増進調査会、昭和9・米穀処理委員会、昭和11・蚕品種審査会、昭和12・糸価安定委員会・産業組合中金特別融通審査、昭和13・漁船再保険審査会・森林火災国営審査会)(注33)

(32)昭和8年には、地方長官の監督に属するものとして、市町村負債整理委員会(勅令205)(農村負債整理組合法(昭和8法律21))が設けられている。

(33)昭和16年には、都道府県農業共済保険審査会(勅令889)が設置されている。

 

サ 商工大臣(昭和2年・8)

 昭和12年以降の統制政策の進展については、日中戦争勃発に伴う応急措置を行った昭和12年(第一期)、事変の不拡大に失敗して国家総動員法を中心とした長期戦を前提とした措置に移行する昭和13年〜15年(第二期)、高度国防国家の建設を目指したそれ以降の時期(第三期)に整理しうる(注34)が、この間、「とくに事変の拡大とともに商工省関係の諮問機関ないし協力機関としての委員会ならびに審議会もはなはだ多く設けられた」(注35)のであり、第一期には注36に掲げた制度の導入があり、第二期には国家総動員審議会(内閣総理大臣の監督)の設置のほか、商工省にも中央物価委員会や重要鉱物審議会が置かれた。昭和16年以降に入ると、「経済新体制確立要綱」の決定(昭和15年12月)に応じて、統制団体の再編や産業界の新体制構築が進み、法律・勅令に基づき個別に設置される審議会が整理されていった。

 昭和5年  7  △1(昭和2・商工審議会)

 昭和6年  8  統制委員会(勅令209)

昭和7年  9 ○発明奨励委員会(勅令310)

昭和8年 10 ○製鉄事業評価審査委員会(勅令245)

昭和9年 11  石油業委員会(勅令197)

昭和10年12  度量衡制度調査会(勅令245)

 昭和11年13  自動車製造事業委員会(勅令315)

 昭和12年19  貿易審議会(勅令531)

  百貨店委員会(勅令535)

    製鉄事業委員会(勅令568)

 鉱業法改正調査委員会(勅令586)

    保険業法改正調査委員会(勅令633)

 石炭生産能力調査委員会(勅令675)(注36)

 昭和13年 24 液体燃料委員会(勅令42)

 ○中小商工業融資補償審査会(勅令107)

 中央物価委員会(勅令276)(地方にもあり)(注37)

     応召商工業者営業援護委員会(勅令397)

○重要鉱物審議会(勅令524)

○工作機械製造事業委員会(勅令681)

○特許補償審査会(勅令52(特許収容令))

          △2(昭和9・石油業委員会、昭和10・度量衡制度調査会)(注38)

昭和14年 26 輸出工芸振興委員会(勅令487)

○軽金属製造事業委員会(勅令671)

戦時海上保険補償審査委員会(勅令717)

○物資利用委員会(勅令839)

          △2(大正8・工芸審査委員会、昭和12・保険業法改正調査委員会)

 昭和15年 28○価格形成委員会(勅令201)

 工業所有権制度調査委員会(勅令336)

○戦時損害保険審査会(規程:勅令390)

戦時損害保険再保険委員会(勅令391)

○日本産金振興株式会社損失補償審査委員会(勅令547)

△3(昭和12・鉱業法改正調査委員会、昭和13・中央物価委員会、昭和14・戦時海上保険補償審査委員会)

 昭和16年 18○有機合成事業委員会(勅令26)

○中央転廃業者資産評価委員会(勅令121)(地方にもあり)

○鉱工業総力発揮委員会(勅令226)

△13(大正14・瓦斯事業委員会、大正15・国産振興委員会、昭和6・統制委員会、昭和11・自動車製造事業委員会、昭和12・貿易審議会・百貨店委員会・製鉄事業委員会・石炭生産能力調査委員会、昭和13・液体燃料委員会・応召商工業者営業援護委員会、昭和14・輸出工芸振興委員会、昭和15・工業所有権制度調査委員会・戦時損害保険再保険委員会)

(34)商工行政史刊行会「商工行政史・下」(昭和30年商工行政史刊行会)p33〜52「統制および総動員行政」の記述を参照。

(35)同上p31より引用。

(36)昭和12年、次の二つの制度が設定されたが、いずれも総数には計上していない。

○ 勅令159号「重要ナル産業統制及産業合理化ニ関シ委員会設置ノ件」により、「商工大臣はその所管に係る産業統制及産業合理化に関する事項を調査審議せしむるため委員会を置くこと」ができることになり、これらの委員会は商工大臣の監督に属することとされた。この勅令によって設置された委員会については、以下の3件が判明している。なお、同勅令は昭和24法102(通商産業省設置法)により廃止された。

  ・自動車営業改善調査委員会

・セルロイド生地工業改善委員会

・硝子製品単純化委員会

 ○ 勅令532号「統制協議会規程」により、昭和12年法73号第二条、第三条の規定に基づく業務を行う統制協議会について、「必要ノ都度、商工大臣之ヲ置ク」こととされ、これらの協議会は商工大臣の監督に属することとされた。この勅令については、昭和16年勅令310号によって廃止された。

(37)物価委員会には、物価調査委員令(勅令582)により、全国に約3000人の物価の実地調査を行う物価調査委員が任命されている。なお、任命権者は地方長官である。(上記「商工行政史・下」p60)

(38)昭和13年には、昭和12年法律92号の改正に伴い同法第二条の二により組織される需給調整協議会の制度が設けられている(勅令366)が、それぞれの分野で設けられるものであることから、計上していない。

 

シ 逓信大臣(昭和2年・3)

 昭和初期から電気・電力に関する審議会がいくつか設置されており、電力審議会(昭和13)、電力調整委員会(昭和16)などが軍需省を経て戦後まで存続している。

 昭和4年   4 臨時電気事業調査会(勅令3)

 昭和5年   3 △1(昭和4・臨時電気事業)

昭和7年   4 電気委員会(勅令355)

昭和11年  5 航路統制委員会(勅令178)

 昭和12年  7 船舶管理委員会(勅令570)

臨時電力調査会(勅令591)

昭和13年 10○電力審議会(勅令369)

中央航空研究機関設立委員会(勅令472)

○電力評価審査委員会(勅令580)

○航空機製造事業委員会(勅令609)

航空機技術委員会(勅令610)

厚生省へ移管(簡易生命保険審査会)

        △1(昭和12・臨時電力調査会)

昭和14年 13 政府航空出資評価委員会(勅令351)

○中央航空研究所施設委員会(勅令599)

○電力調整委員会(勅令730)

造船事業委員会(勅令859)

         △1(昭和13・中央航空研究機関設立委員会)

昭和15年 14 船員給料委員会(勅令415)

昭和16年 7 ○海事審議会(勅令529)

△8(大正12・船員職業紹介委員会、昭和7・電気委員会、昭和11・航路統制委員会、昭和12・船舶管理委員会、昭和13・航空機技術委員会、昭和14年・政府航空出資評価委員会・造船事業委員会、昭和15年・船員給料委員会)

 

ス 鉄道大臣(大正9年設置)(昭和2年・1)

 昭和5年  2 国際観光委員会(勅令130)

昭和8年  3 鉄道運賃審議会(勅令108)

 昭和12年 4 日本通運株式会社帰属財産評価委員会(勅令446)

 小運送業審査委員会(勅令573)

         △1(昭和12・日通帰属財産評価)

 昭和14年 5 鉄道幹線調査会(勅令470)

 昭和15年 4 △1(昭和14・鉄道幹線調査会)

 昭和16年 2 △2(昭和5・国際観光委員会、昭和12・小運送業審査委員会)

 

ス 拓務大臣(昭和4年設置)0

昭和10年 1 海外拓殖委員会(勅令156)

昭和11年 1 南洋群島官有財産評価委員会(勅令229)

         △1(昭和11・南洋群島官有財産評価)

昭和14年 1○海外拓殖調査会(勅令525)

         △(昭和10・海外拓殖委員会)

昭和16年 1 樺太官有財産評価委員会(勅令381)

         △1(昭和16・樺太官有財産評価委員会)

 

セ 台湾総督(昭和2年・2)

昭和10年 3 台湾国立公園委員会(勅令277)

 昭和11年 3 台湾官有財産評価委員会(勅令239)

         △1(昭和11・台湾官有財産評価委員会)

昭和12年 4○台湾関税訴願審査委員会(勅令438)

 台湾中央防空委員会(勅令644)(防空委員会は州庁、市街庄にもあり)

         △1(明治32・台湾関税及出港訴願審査委員会)

昭和13年 5 台湾重要産業調整委員会(勅令645)

 昭和14年 7○台湾米穀移出管理委員会(勅令316)

○台湾賃金委員会(勅令634)

昭和16年 6○台湾国民学校教員検定委員会(勅令315)

○臨時台湾経済審議会(勅令916)

        △3(昭和10・台湾国立公園委員会、昭和12・台湾中央防空委員会、昭和13・台湾重要産業調整委員会)

 

ソ 朝鮮総督(昭和2年・4)

 昭和4年  5○朝鮮簡易生命保険審査会(勅令308)

 昭和5年  6 朝鮮電気事業調査会(勅令149)

 昭和7年  5 △1(昭和5・朝鮮電気事業調査会)

 昭和8年  6○朝鮮総督府宝物古蹟名勝天然記念物保存会(勅令224)(注39)

 昭和11年 7○ 朝鮮総督府保護観察審査会(勅令434)

昭和12年 8 朝鮮中央防空委員会(勅令662)(防空委員会は地方にもあり)

昭和13年 9 朝鮮総督府時局対策調査会(勅令601)

昭和14年 9○中央朝鮮賃金委員会(勅令757)(地方にもあり)

         △1(昭和7・朝鮮総督府林野調査委員会)

 昭和16年 9○朝鮮総督府市街地計画委員会(勅令49)

○朝鮮総督府予防拘禁委員会(勅令167)

         △2(昭和12・朝鮮中央防空委員会、昭和13・朝鮮総督府時局対策調査会)

(39)昭和9年には、各道知事の監督に属するものとして、朝鮮府群島小作委員会(勅令86)が設置されている。

 

タ 関東都督・満州国駐箚特命全権大使(昭和2年・1)

昭和9年  0 △1(大正3・関東都督府土地審査委員会)

昭和11年 1○関東海員審判所(勅令313)(以下、満州大使)

昭和12年 2 関東州庁防空委員会(勅令729)(防空委員会は市にもあり)

昭和13年 3○関東保護観察審査会(勅令795)

昭和15年 4○関東州総動員補償委員会(勅令661)

 昭和16年 3 △1(昭和12・関東州庁防空委員会)

 

その他  0

 昭和8年  1○南洋庁土地審査委員会(勅令264)(南洋庁に置く)

 昭和12年 2 樺太防空委員会(勅令646)(樺太庁長官)

 昭和14年 3○樺太賃金委員会(勅令635)(樺太庁長官)

昭和16年 3○樺太国民学校教育検定委員会(勅令260)

         △1(昭和12・樺太防空委員会)

 

3 昭和戦中〜戦後期における審議会の設置数

⑴ 戦中から戦後初期の審議会数について

 続いて、昭和16年以降、昭和24年の国家行政組織法施行時点までの審議会数について、法律・勅令で個別に設置されたものだけを整理すると、昭和21年まではほぼ横ばい、昭和22年以降150前後となっている。(詳細については後日整理したい。)

 

⑵ 国家行政組織法施行時(昭和24年6月)の審議会数について

 昭和24年6月1日、ようやく各省設置法がそろって成立し、審議会を含む附属機関の設置を法定事項とした国家行政組織法(昭和23年法律第120号)が施行されたが、この時点での各省の審議会の設置数は次のとおりであり、これを合計すると205となる。(以下、印刷庁業務部官報課「全官庁新機構早わかり」(印刷庁・昭和24年)を参照し、各省設置法等については、衆議院HP「制定法律」に拠った。)

総理府   15(注40)

法務府    9(注41)

外務省    0(注42)

大蔵省   26(注43)

文部省   24(注44)

厚生省   33(注45)

農林省   30(注46)

通商産業省 28(注47)

運輸省    6(注48)

郵政省    3

電気通信省  3

労働省   16(注49)

建設省    7(注50)

経済安定本部 5(注51)

(40)設置法附属機関中の「地方災害救助対策協議会」「都道府県災害救助対策協議会」を除外し、附属機関として設置された「国立世論調査所」に附属する世論調査審議会を計上した。また、特別の機関である日本学術会議、外局である統計委員会等、外局である地方自治庁の機関である「地方自治委員会」は除外している。

(41)設置法附属機関中の「解散団体財産売却理事会」を除外した。また、外局である中央更正保護委員会、司法試験管理委員会も除外している。

(42)設置法では附属機関として、連合国との連絡を行う組織である「中央連絡協議会」があるが、除外した。

(43)本省21(大蔵省設置法施行法で直前に設置法に加えられ、その後外局として再整理された「公認会計士審査会」「公認会計士試験委員」を含む。)、国税庁5。外局である証券取引委員会は除外した。

(44)設置法附則で当分の間置かれるもとされた教員検定審査会等4審議会を含む。

(45)設置法附属機関中の「国立公園地方審議会」を除外した。

(46)本省24、食糧庁1、林野庁3(附属機関中「地方森林会」を除外した)、水産庁2。

(47)本省8(ただし、この中には通商産業省だけが設置法内で規定した「顧問会議」「参与会議」を含む)、資源庁11、工業技術庁4、特許庁5。

(48)本省5。設置法中の運輸審議会(附属機関の扱いではない)は除外し、一方、設置法本則に規定がない(附則に規定されている)道路運送法に基づく中央道路運送審議会を加えた。また、海上保安庁に置かれた中央海上保安委員会は計上した。一方、同庁に置かれた船員労働委員会は外局として除外した。

(49)設置法附属機関中の「船員労働連絡会議」を含む。なお、外局である中央労働委員会等は除外している。

(50)設置法附属機関中の「収用審査会」は除外した。

(51)分野別に設けられる特別の機関である「割当審査会」(附属機関の扱いではない)は除外した。また、外局の外資委員会も除外した。なお、経済調査庁には、中央経済調査協議会、中央物資活用審議会が設けられていたが、その組織上の扱いが明確でないので、現段階では計上していない。

 

⑶ 国家行政組織法施行移行の審議会数について

 上掲した昭和24年6月の205審議会という数値は、国家行政組織法上の附属機関とされたものであり、それ以外にも閣議決定や各省限りで設置された合議体が数多くあった。これらも含め、昭和24年11月には閣議決定「審議会の整理方針」が策定された。この整理は「戦後最初の審議会等の整理」と称され、「審議会をできる限り縮減し、もって公務員の責任体制を明確化するとともに、事務の簡素化・能率化および経費の削減を図る趣旨で行われた」もので、当時、「法律によるもののほか閣議決定。省議決定等によるものを含む」と352あった審議会を184に整理することとしたものである。(注52)

その後、整理と新設があって、昭和31年には208となった。これ以降の設置数の変化は、総務省ホームページに公開されているが、特に、平成13年には、中央省庁等改革の一環として、審議会の設置数は211から106へとほぼ半減され、その運営についても合理化がなされたところである。

(52)山田博幸「審議会制度の現状について」(ジュリスト510号・1972.7.15所収)p16。なお、この整理自体は各省設置法の順次改正で行われている。